22/10/2012 16:42 GMT+7 Email Print Like 0

バオダイ宮殿

チエウ・ビィエト・ヴォン通り(ラムドン省、ダラット市)の行き止まりにはラムビエン高原があり、その上にロマンチックで、エレガントで、ヨーロッパの革新風潮の建築様式をしている古い御殿がある。それはグエン王朝(1802年~1945年)及びベトナムの封建王朝の最後の帝王であるバオダイ帝王(1926年~1945年)の「ビエット・ディエン」(特別な宮殿)である。

 
 
バオダイ宮殿はパレスIIIとも呼ばれ、バオダイ帝王がフエで帝王として任務していた間の1933年~1938年に建てられ、その設計者はフランス人の建築士とベトナムの建築士フイン・タン・ファットであった。バオダイ宮殿は、公園の小風景、トォンウィエン庭、アイアン森に関連付けられた松森と調和を取った建 築と小さなロマンチックな池で、ダラットでの最も美しい作品の一つと評価された。建設が完了した後、バオダイ帝王はこの宮殿を夏の避暑地として使った。当時、バオダイ宮殿の回りに、帝王警護用の皇宮警察と「コン・サ・ビエット・ディエン」という帝王専用の車両団があった。それに、フランス人のパイロットが運転する独自の艦隊もあった。 1948年に、フランス人はバオダイを元の政権に復帰し、1950年に「ホアン・チエウ・クオン・トー」を設立した後で、バオダイ宮殿は「ビエット・ディエン・クオク・チュオン」と名付けられた。

バオダイ宮殿は欧州の革新風潮の建築様式を持っている。

バオダイ宮殿の帝王の応接テーブル
バオダイ帝王が狩猟した象牙セットは宮殿の祝典室に厳粛に飾られている。

各廊下が交わり合うのがバオダイ宮殿の特徴の一つである。

ナムプオン女王の部屋


バオダイ帝王の画像や物品を展示している室。

フォンリエン女王とバオタン王子の寝室。


バオダイ宮殿には全部で25の室があり、フラットなルーフシステムと、レイアウトはバランスがとれていて硬くない対称性のある配列やブロックを持つ。正面の門のすぐそばには駐車場所の屋根付きのフロントロビーである。一階は会議、宴会、外国からの客や政府高官の応接に使われた。その他にはバオダイ帝王の執務室、事務所、図書館、エンターテインメントルームと大きなダイニングルームもある。特に、執務室は小風景と関連付けられ、内外の空間がドアを通して繋がり、窓がガラスとスチールフレームで作られたので、建築と自然との調和空間を作り出す。祝典室には、まだシハヌーク殿下(カンボジア)が贈ったアンコールワット神社絵のメモリアルを維持している。宮殿で展示されている三枚の虎の皮と象の牙もバオダイ帝王が自分で狩った貴重なメモリアルである。

バオダイ帝王の正式な奥さんはナムプオン女王で、グエン王朝の生前に女王として与えられた雄一の人であり、それに、ベトナムの封建制度の最後の女王である。彼女の本当の名前はグエン•フー•ティ•ラン(1914年~1963年)で、20世紀初頭のベトナムにおける最もお金持ちの4人の一人であるグエン•ヒュー•ハオ氏の娘である。バオダイ帝王とナムプオン女王は3人の王女と2人の王子を持っていた。帝王の家族全員はこの宮殿の二階全部を生活と休憩の目的で使った。二階はバオダイ帝王、ナムプオン女王、王女と王子の寝室であった。バオダイ帝王の寝室の外は非常に美しい「ヴォン・グエット」があり、帝王と女王はそこでよく月を見た場所である。特に、バオダイプリンスは後継者して帝位に就く予定があるので、彼の室は全部黄色で飾った。(記者:黄色は王様のユニフォームの色)

バオダイ宮殿での花壇は幾何モデルでレイアウトされている。

観光客は王室の衣装で記念写真を撮っている。

観光客は特にバオダイ宮殿の前の古い車を見たがる。

外国人の観光客は記念としてバオダイ宮殿内の写真を撮っている。

毎日、何千人もの観光客はバオダイ宮殿を訪問している。


宮殿の外では入り口の右側と宮殿の奥に、フランスの宮殿の庭園様式の花園があり、幾何モデルでレイアウトされた。この花園には全部木の枝がきれいに刈り取られて、貴重なバラの花群が二つの軸を対称に、一年中咲いている。宮殿の前の大花壇もよく手入れられる。これらのすべては宮殿を歩き回る小さな通路を構成して、その小道が常にささやく松葉の中に隠されている。

宮殿を訪れると、国内外の観光客は通常、過去の皇族の厳粛で、暖かくて、居心地の良い空間を感じた。なによりのことはこれがベトナム国で千年以上支配していた政権の最後の代表者という歴史上の人物を維持する所である。
文:グエン・ヴ・タン・ダット
撮影:レー・ミン