24/04/2015 10:06 GMT+7 Email Print Like 0

「遠東の宝」から世界のレベルの「大都市」まで

ベトナム南北統一から40年間後、ホーチミン市は急発展をした。40年間から「遠東の宝」と呼ばれたホーチミン市は現代的な「スーパー都市」になり、高いビル、拡大の大路が連続に設立され、活発で、維持的に発展し、世界市場に加入している。
サイゴン川のそばにある「大都市」

40年前、サイゴンはアメリカ人によって数百万米ドルを投資されたから、「遠東の宝」と呼ばれた。しかし、いつも輝く、賑やかなバー、レストラン、ホテルの姿の他、ほとんどのサイゴンの人々は戦争の空気の中で、サイゴン川のそばにある貧民街に住んでいた。1975年、サイゴンの一部の人は「遠東の宝」の言葉に慣れなかった。

40年間後、「遠東の宝」のことは忘れさられた。昔のサイゴンと比べると、今のホーチミン市は「希望の土地」となり、活発で、エネルギーに溢れている。

2015年ベトナムのテト(正月)にあたり、帰国したディン・ヴィエット・トゥー越僑はサイゴン川を往来する船とそばにあるビルをじっと見た。

トゥー氏は「私は23年間、ふるさとを離れていましたが、サイゴンが変わったことに対してびっくりしました。今のホーチミン市は現代的で、大きいです。」と述べた。
トゥー氏もトゥトィエムトンネル、フーミ橋、ヴォーヴァンキエット大路、ファムヴァンドン大通りなどのホーチミン市における現代で、壮大な工事を訪問した。



40年後、ホーチミン市は現在、文明的で、現代的な都市になる。撮影:グエン・ミン・タン
サイゴン解放40周年後におけるホーチミン市はダイナミックな発展をし、伝統文化を保存しながら、市民たちの生活を改善させた。撮影:ダン・キム・フオン
ホーチミン市は数多くの現代的な建築物が立ち並ぶ。撮影:レー・ミン

昔の泥沼の地域は現代的な市街になる。撮影:キム・チー
夜における堀川の模様。撮影:キム・チー
高速道、現代的なトンネルや交通システム。撮影:ダン・キム・フオン。
トゥーティエムトンネル-現在の東南アジアの最も現代的なトンネルの一つ。撮影:グエン・ルアン
ホーチミン市を区画整理と開発は、ホーチミン市政権の最も重要で優先することである。撮影:グエン・タン(Nguyen Thang)
ホーチミン市を訪れる、国内外の働く人やお客を歓迎する場所であるタン・ソン・ニャット(Tan Son Nhat)空港。撮影:ダン・キム・フオン

  国連の調査によると、他の地方からホーチミンに来た人の数はホーチミン市の人口の3の1を占めているという。2020年、ホーチミン市は人口100万人の大都市となる。そのため、大きなビジョンを有する現代的な都市を建設することは政権の第1の計画である。 

(レー・ホアン・クアン(Le Hoang Quan)氏ーホーチミン市人民委員会会長。)
2020年年までのホーチミン市の経済・社会発展の目標と2015年のビジョンは特別な都市の役割を有する現代的なホーチミン市を設立し、地域、全国に大きく貢献し、全国と東南アジアの経済、財政、貿易、科学-技術のセンターになることである。
 


この数年間、ホーチミン市のインフラは急速に変化している。くさく、暗い水路からフーミフン新市街、トゥトィエムトンネル、ニエウロック水路などになった。1997年、アメリカ建築機関はフーミフン新市街の企画がアジアの中、一番優秀的な企画であると選択された。

チュオンサ通り、ホアンサ通り、ヴォーヴァンキエット大路、トゥーティエム川を抜けるトンネルなど現代的な工事はホーチミン市と周辺地域、西部地域、東南部地域、タイグエン省などをつながる。

今のホーチミン市は伝統的な建築と現代的な建築を有している。今年、サイゴンは317周年樹立の年であり、ホーチミン市は40周年樹立記念の年である。ドゥックバ教会(1877年)、サイゴン郵便局(1891年)、オペラハウス(1900年)、ホーチミン市人民委員会(1907年)、ベンタイン市場(1914年)など古い建物が保存されている。

南部の先端の都市であり、全国の経済の中心として、ホーチミン市は投資を集中し、経済を発展させるために、インフラを促進することだけでなく、輸出加工区、工業団地も開発させている。
今、ホーチミン市は、2500haの土地に15の輸出加工区、工業団地を建設した。その輸出加工区、工業団地の誕生により数十万人の労働者を創出し、工業化、現代化に向けての発展計画に貢献している。


ホーチミン市は数百万人の市民たちの生活を改善させるために、現代的な市街を開発するプロジェクトを実施している。撮影:キム・チー(Kim Chi)
ホーチミン市の東北開発計画に属するSai Gon Pearl 新市街プロジェクト。撮影:ダン・キム・フオン(Dang Kim Phuong)
ホーチミン市東北都市の発展計画の中のSaigon Pearl高層住宅。撮影:ダン・キム・フオン
1997年アメリカ建築機関により企画されたフーミーフン都市はアジアにおいて最も優れた街である。撮影:グエン・タン

2015年までの区画整理によると、ホーチミン市は北部、東部、西部、南部に従って発展する。ナムサイゴン新市街(第7地区)、トゥーティエム新市街(第2地区)、タイバック新市街(クーチー郡)、ヒエップフオック新市街、フオックキエン新市街(ニャーべー郡)、シンヴィエット新市街(ビンチャン郡)、アンフーフン新市街(ホックモン郡)は開発されている。
 
若い都市の発展
1975年4月30日-南部解放日の後に、ホーチミン市の政権の重要な責任は人民たちの生活を安定させ、改善させることであった。この数年間に、インフラの急速な発展と共に、人民たちの経済、文化、社会の生活は日増しに改善されて行く。
 
ホーチミン市は社会保険システムを開発すること、すべての人民たちのための医療保険制度を実現すること、貧困解消プログラムを促進することなどの数多くの切実な方法で、人民たちの生活を改善させ、高めることを重視する。
ホーチミン市においては、新年を迎える芸術プログラム、通りにおける祭り、ホーチミン市の観光の祭り、数多くの国家の美味しい食べ物のフェスティバル、バー・ティエン・ハウ〔Ba Thien Hau〕寺の祭りなどの文化、観光の数多くの活動は多様で面白いであり、数多くの国内外の人民たちを誘致する。この各プログラム、活動はホーチミン市民たちの文化生活を高めるばかりでなく、外国人の観光客たちに、ホーチミン市の伝統的な文化を紹介する。

通例に従って、新年に際して、ホーチミン市の観光分野は地方を訪問する外国人の観光客たちを伝統音楽で、歓迎する。

イギリス人観光客のジャック・ケリー氏は「私はホーチミン市の気候、人たちに、強い感動を与えられます。私と家族はホーチミン市を2回訪問しました。ホーチミン市の風景、歴史は非常に面白いです。」と言った。

2014年、450万人の外国人観光客はホーチミン市を訪れた。この観光客数量はベトナムを訪問する観光客の数量の55%を占める。2015年の正月には、数百万人の観光客がホーチミン市を訪問した。

特別に、2014年においては、ドンカータイトゥー(伝統的な音楽様式)はユネスコにより「世界文化遺産」として公認され、ホーチミン市は南部20省とともに、歓迎のイベントを開催した。時代の発展と文化への加入、努力、故郷に対する愛で、ホーチミン市の市民たちは自己の文化特徴を保存する。それで、ホーチミン市、カンゾー地域、ビンチャン地域、ニャーべー地域、ホックモン地域、クーチー地域などの郊外を訪問するとき、観光客たちはドンカータイトゥー伝統的な音楽様式が、この地域に特別な影響をしたことを理解することが出来る。ドンカータイトゥー伝統的な音楽様式は南部とホーチミン市の文化特徴の一つであると言える。


毎年、延べ450万人の観光客はホーチミン市を訪問している。その観光客はベトナムを訪問する観光客の55パーセントを占めている。撮影:ベトナムフォトジャーナルの資料

1975年のサイゴンの政権のセンターであるトンニャット公邸を訪問している外国人の観光客。撮影:グエン・ルアン


ドゥックバ教会の前で写真を撮っているカップル。撮影:ベトナムフォトジャーナルの資料
現在、ホーチミン市は、現代的で活気ある都市である。撮影:ベトナムフォトジャーナルの資料
ホーチミン市における祭りの一つ。撮影:ベトナムフォトジャーナルの資料
春のホーチミン市のグエン・フエ通り。撮影:ベトナムフォトジャーナルの資料


ホーチミン市における日本風の公園。撮影:レー・ミン


スォイティエン公園は観光客や市民の憩の場所である


スォイティエン公園で行われる民族のお祭り


 

経済生活に対しては、2002年から、ホーチミン市は為替相場を安定にする プログラムを実行する最初の地方である。このプログラムにより市場の値段は安定である。このことは人民たちの生活を確保することに大きな貢献を果たす。Saigon Co.op会社、バー・フアン会社、Vissan会社、サイゴン農業会社、サンハー会社などの会社は同プログラムに積極的に参加した。このプログラムは高い効果に達するために、ホーチミン市は飼育開発、卸売・小売活動開発、「ベトナム人がベトナムの製品を使用する」運動を実現すること、南部の各省ととも、製品消費を促進し、市場を拡大させるために、貿易協力を促進することなどの提案を実現した。
現在、350種類の製品での為替相場を安定にする 計画を実行する9000店で、ホーチミン市は貧しい労働者の要求にこたえるために、遠い地域、工業地区の地域に販売することを実現する。


ホーチミン市におけるRobinプラザ。撮影:レー・ミン


ホーチミン市において行われた世界のブランドが集まったモーターショー。撮影:グエン・ルアン


完成したホーチミン市の港のシステム。写真説明:カット・ライ港。撮影:ダン・キム・フオン

ホーチミン市のニャべー繊維会社。撮影:ダン・キム・フオン


多くの消費者に信頼されるバーフアン卵工場。撮影:ダン・キム・フオン

2014年、ホーチミン市のGDPは、全国の20%を占め、輸出金額は全国の輸出金額の30%を占め、ホーチミン市の人民の1人当り平均的な所得は1年当り5131米ドルに達し、予見書によると、人民の1人当り平均的な所得は、1年当り5826米ドルに達する。
 
国内の最多の人口であるので、ホーチミン市の指導者たちは家の問題を重視する。貧しい人をはじめ、人民たちの住む条件を確保するために、国内の資金、国際の援助で、ホーチミン市は安い値段での高層団地を建設する一連のプロジェクトを実現した。現在、7万棟のアパートでの62件の建設プロジェクトを有している。その中に、1万棟のアパート14地区の高層団地を建設するプロジェクトは周辺で働く工員たちのために、建設される。46の高層団地を建設するプロジェクトで働く労働者のための8千棟のアパート、残りは、学生たちのために、建設される。
40年後に、極東の玉から、ホーチミン市-南部の豊富な地域は地域、国際レベルに準じて発展し、経済、文化、社会生活で、現代的で、大きな都市になった。





文:グエン・ヴー・タイン・ダット、グエン・オアン
撮影:レー・ミン、ダン・キム・フオン、グエン・ルアン