13/11/2021 16:40 GMT+7 Email Print Like 0

フエ ベトナム手工芸の真髄を守り伝える場所

300年以上(1636年~1945年)、フエは13代のグエン朝(ベトナム最後の封建時代)を含む君主制王朝の首都の役割を果たしてきました。従って、官吏に資金提供された特別な職業、また宮廷や官吏階級への献上に特化した古代の工芸村を含む、多くの伝統的な工芸品が集まっています。恐らくその理由により、フエの伝統的な工芸品が王朝と一般大衆という二つのまったく異なる形態を形成しました。これまで、歴史の浮き沈みが多かったにもかかわらず、古都フエは豊かでユニークな工芸村群を維持しており、多くのベトナムの工芸品の真髄を伝える場所と見なされています。
グエン朝の工房の痕跡

何百年にもわたる霧と風の後でも、フエは黄金の宮殿、城塞、霊廟、寺院、封建時代が残した無数の宝物で黄金に輝き、人類史上唯一無二の世界文化遺産として貢献しています。

2045年までを見据えた2021年から2030年のトゥア・ティエン・フエの発展の道筋を示した政治局決議54-NQ / TWは、文化と遺産、そしてフエの文化的アイデンティティの保護が根底となっている。それは正に、フエが手工芸村を含む遺産の価値を永久に保存し、発展させるための機会であり、不可欠な条件となる。
そのユニークで大規模な遺産群を建てたのはグエン朝の有名な王室の職人や工芸家に他なりません。彼らはフエと全国の手工芸の達人であり、グエン朝の皇帝によって宮廷に仕えるために召喚されました。才能あふれる腕と優れた創造性で、職人は皇帝の果てしない要求と情熱を満たすだけでなく、後世のための貴重な宝物として次の世代に残す芸術的な傑作を創り出しました。

グエン朝時代には、王室の工芸品の管理を行う特別な機関がありました。それは官吏工房システムでした。官吏の主な任務は宮殿の建設、宮殿の品物の生産、そして貨幣、武器、造船の鋳造を直接監督することでした。工房内にはフエや全国の優れた職人や有名な職人が集まる場所がありました。それにより、グエン朝の工房を整理していた期間に大工仕事、石積み、鋳造、陶器、レンガとタイル、宝石、縫製、刺繡、彫刻などの芸術品といった多くの異なる工芸品があったことがわかりました。

歴史書によると、嘉隆帝の治世(在位1802年~1820年)から嗣徳帝の治世の初め(在位1847年~1883年)まで、大規模な建物を建設する必要があったため、非常に多くの労働者が集まり、官吏が直接管理する熟練労働者クラスでは熟練した職人(正規の職人)が何千人にも達していました。



フエのフオン・ドゥック銅鋳造工芸村職人の鋳型模様を作成する技術。
撮影:タイン・ホア/ベトナムフォトジャーナル

 

国宝「九頂点」ーグエン時代の鋳造芸術の頂点。
撮影:タイン・ホア/ベトナムフォトジャーナル



グエン朝の金の本と印章。
撮影:タイン・ザン/ベトナムフォトジャーナル



赤銅で精巧に鋳造された国宝「九神」。
撮影:タイン・ホア/ベトナムフォトジャーナル









グエン朝伝統儀式用衣服の非常に精巧な縫製・刺繡技術。
撮影:ベトナムフォトジャーナルの資料



フエ金細工職人が作った銀糸で刺繍された錦織の靴。
撮影:タイン・ホア/ベトナムフォトジャーナル



グエン朝のエナメルブロンズの装飾家具。
撮影:コン・ダット/ベトナムフォトジャーナル



グエン朝の金箔を貼った漆塗りのベッド。
撮影:ベトナムフォトジャーナルの資料


フエ宮廷風の鳳凰の凧。
撮影:タイン・ザン/ベトナムフォトジャーナル

 

フエの伝統的な宮廷様式に従って建築する大工職人。
撮影:チョン・チン/ベトナムフォトジャーナル 




古代フエの名匠の才能が刻まれているフエ宮廷建築の外観。
撮影:タイン・ホア/ベトナムフォトジャーナル

 

阮朝の王家の職人は誰も厳しく選ばれたので、熟練した技能を持ち、王様に愛され、称号、畑、家を授けられたほど優秀な人もいました。例えば、フエの宝飾品産業の祖先と見なされている金細工職人カオ・ディン・ドとカオ・ディン・フオン父​​子は、以前は西山朝から指導者と副指導者の地位を授けられました。阮朝になっても彼らは尊重され、恩恵を与えられ、フエの城塞で宝石の職業を維持し発展させ続けるために以前の称号をそのまま使うことができました。またトゥア・ティエン・フエ県フー・ロク地区アン・ノン村の大工職人グエン・ヴァン・カーは、啓定帝から寺院や宮殿の内外装の設計、修復、建設を専門とする指導者の地位に任じられました。彼は「第一巧手」(最も才能のある手)という4つの字を与えられ、王に会うときにひれ伏す必要がなく、紫禁城に出入りするときに人力車に自由に乗ることができるという特権がありました。また、画家のファン・ヴァン・タンが仰向けになって、啓定帝廟のティエン・ディン宮殿の天井に有名な絵画「九龍隠雲」(雲の中に隠れた九頭の龍)を描いたことは古代ベトナム絵画の歴史上で有名な逸話です。

これらの工房の優秀な職人たちのおかげで、グエン朝が構築した城塞、宮殿、霊廟、そして多数の品々、家具、道具、彫像、鐘、紋章、大釜、大砲などは建築、形状、美学、適用性において特別な価値があると言えます。これらの遺物の多くは今や国宝となっています。

今日、静かな古都フエに来て、壮大な宮殿を鑑賞すると、人々は輝くラピスラズリ・タイルや他の多くの宝物とともに長い間輝き続けるエナメルブロンズの数々の芸術品の美しさを前にして驚かざるを得ません。これらはすべて、グエン朝の官吏システムの痕跡であり、より正確に言えばフエの王室の職人の才能のある腕と創造的な精神の痕跡です。


タン・キンの有名な工芸村

トゥアティエンフエ省文化スポーツ局長ファン・タイン・ハイ博士は「フエの遺産保護のためにフエの伝統的な職人を育て、発展させ、国の最高の職人による大工仕事、石積み、塗装、塗装、縫製、刺繡をフエに『再収集』し続けている」と述べた。
研究者によると、グエン朝の領土拡大と、その後の西山朝とグエン朝の二つの王朝が首都したことで、商売を行う人々と各地から熟練労働者が集まって生活するようになりました。そのことは徐々にフエを我が国の伝統的な工芸品のゆりかごの一つに変えました。ここから、多くの職人や熟練した職人が繁栄する機会が生まれました。例えば、1868年、フランス人がナム・キ(南部)の占領を終えた時、コーチシナの総督ピエール・ポール・マリエ・デ・ラ・グランディエールは職業を教えるために二人の才能のあるモザイク職人をサイゴンに送るようフエの宮廷に要請しました。さらに1877年まで、ベトナムのモザイク製品が展示会に出品するために宮廷からフランスに送られました。

グエン王朝はフエの伝統工芸が栄えた時期と考えられており、国内には多くの有名な工芸村や職人がいました。例えば、フオック・ティック村は明命帝の治世(在位1820〜1841年)から啓定帝の治世(在位1916〜1925年)まで非常に有名な製陶業を営なんでいて、毎月、王のために米を炊く陶器の鍋「オム・グー」を30個作ってフエ宮廷に献上しなければなりませんでした。当時、村の素焼きの陶磁器製品も日本に販売され、日本のお茶会で厳かに用いられていました。また、漆の仕事をしているティエン・ノン村は啓定帝からフエ城塞の金色の漆を復元するように命じられました。特に、銅鋳造村のフォン・ドゥクと宝石村のケ・モンは、傑作に分類される多くの製品の製造に多大な貢献をした二つの工芸村であり、その多くは現在国宝となっています。





フエのシン村の民芸画家キー・ヒュウ・フォックと彼の作品。



フエの伝統的な線香作りを体験する日本人観光客。


彫刻はフエの有名な伝統的職業の一つ。



工芸品であり、フエの新しい芸術でもある竹絵。
撮影:タイン・ザン/ベトナムフォトジャーナル


フエのタイン・ティエン紙花工芸村の職人が使う工具キット。
撮影:タイン・ザン・ベトナムフォトジャーナル



息子に工芸品の技術を伝えるタイン・ティエン紙花工芸村の職人タン・ヴァン・フイ。
撮影:タイン・ザン・ベトナムフォトジャーナル



フエのタイン・ティエン紙花工芸村の伝統的な紙の花を作る家族。
撮影:タイン・ホア/ベトナムフォトジャーナル

 
フエ大学の著作家ヴ―・タイン・フイ氏の研究結果によると、トゥア・ティエン・フエ省全体には現在110の工芸村があり、30近くの伝統的な職業とグループがあります。古くから形成・発展してきた工芸村が多く、他の場所から渡来した新しい手工業もあります。青銅の鋳造、木工美術、竹と籐、農産物の加工など、多くの職業は今でも保存され、発展しています。

現在、トゥア・ティエン・フエ省には伝統工芸品の修復と開発に関連する多くの政策、プログラム、研究プロジェクトがあり、農業と農村地域の工業化と近代化の加速に貢献するために手工芸品と工芸村の開発が社会経済開発の重要なプログラムの一つとして策定されています。

フエの伝統工芸の名誉を高め、広く宣伝するために、2005年以来、トゥア・ティエン・フエ省は奇数年に定期的にフエの伝統工芸祭を開催し、フエ文化が染み込んだ主要な文化イベントを開催しています。トゥア・ティエン・フエ省の文化スポーツ局長ファン・タイン・ハイ博士によると、このフェスティバルは伝統工芸を促進、奨励するだけでなく、国内外の熟練した職人たちがフエに集まって交流することで情報交換やスキル向上の機会を生み出しています。

グエンの領主が土地を開拓するためにフエに入ってから約500年後、至る所から集まったベトナム人の多くの伝統的な職業がこの神聖な土地に花や雌しべを開き、それが古都フエの非常に独自な文化的アイデンティティの創造に貢献し、そして古代と現代の古都に住む人々の生活、経済的及び社会的発展を生み出しています。

文:タイン・ホア
撮影:ベトナムフォトジャーナル