30/04/2021 11:18 GMT+7 Email Print Like 0

クチトンネルは世界遺産への旅に

クチトンネルはホ・チー・ミン市クチ地区の民兵による地下防衛トンネルです。1946年から1968年までの22年間、当初は簡素な道具を使って掘りましたが、科学的にシステム化が進み、米国との戦争に勝利に貢献しました。今日、歴史的なクチトンネルは国内外から訪れた観光客が驚嘆し、賞賛する場所となっています。

秘密の地下道システム

クチトンネルには、クチ地区のタン・フー・チュン集落とフオック・ヴィン・アン集落にある様々な地下トンネルのシステムが含まれています。当初、トンネルは短く、資料、武器、抵抗する兵士などを隠し、通信、情報のサポートに使用する単純な構造でした。各村は独自のトンネルを作りましたが、後に村間の移動と通信が必要になったため、各トンネルは相互接続され、途切れることのない複雑なトンネルのシステムを形成しました。1965年までに約200kmのトンネルが掘られ、500kmの塹壕が周囲の交通のために掘られました。この時のトンネルは、3つの異なる深層階で系統的かつ科学的に形作られています。上層階は地面から約3m、中層階は地面から約6m、下層階は8mから12mまでの深さで、多くの大きなトンネルがあります。多くの小さなエリアは、居住区、会議室、救急エリア、映画室、煙の出ないホアンカムタイプの台所、サイゴン川を通る緊急出口、密かに科学的に偽装された換気システムなど、さまざまな機能に応じて分割されています。
1965年までに、約200kmのトンネルと500kmの塹壕が掘られた。

トンネルはラテライト粘土質なので、耐久性が高く、地滑りが発生しにくく、トンネルのシステムは重火器の破壊力に耐えることができます。地下室の間の上下の道は秘密のハッチが配置され、地面へのトンネルの入口の蓋は葉や自然の草で丁寧に覆われています。トンネル内の通路にはさまざまなサイズがあり、通常は人が屈んで通るのに十分な高さしかありません。


1946年から1968年の間にトンネルを掘ったヌアン・ドゥックとクチ集落の人々と兵士。
撮影:クチトンネル歴史遺跡の資料



戦闘のために塹壕を掘るチュン・ラップ・ハとクチ集落の人々(1966年)。
撮影:クチトンネル歴史遺跡の資料



20人以上を収容できるクチトンネルの大きな会議室。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル



クチトンネルの道。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル



クチトンネルの模型。
撮影:トン・ハイ―ベトナムフォトジャーナル



再現されたクチトンネルの手術室。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル



クチトンネルの煙の出ないホアンカム台所を見学する観光客。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル



クチトンネルの兵士の作業道具。
撮影:トン・ハイ―ベトナムフォトジャーナル



クチトンネルの地下道。
撮影:クチトンネル歴史遺跡の資料



クチトンネルの井戸。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル



クチトンネルの井戸。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル

 

クチトンネルから地面に出る観光客。
撮影:トン・ハイ―ベトナムフォトジャーナル

 

再現された戦時中の軍隊の仕事兼休憩所。
撮影:クチトンネル歴史遺跡の資料



クチトンネル内でつながっている各地下道。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル

 

このような完全なトンネルを作るために、何万人もの兵士とクチの人々が昼夜を問わず、敵の定期的な襲撃を避け、地下トンネルを密かにかつ巧みに掘り続けました。人的資源とくわやシャベルなどの簡単な道具だけで掘り、大量の土を運び出しました。敵の爆弾や戦車によって破壊されたため、多くのトンネルを何度も掘削して再建する必要があり、抵抗戦争におけるクチの軍と人々の忍耐力と創造性が見て取れます。
1995年にクチトンネルを訪れたキューバ文化大臣のアルマンド・ハート・ダバロス氏は「人間の勇気と名誉だけがクチを理解することができます。 その豊かな想像力とベトナム文化はこの場所を神聖な場所に変え、私たちの時代の最も偉大な伝説の1つを作り上げました」と記した。

クチトンネルは抵抗戦争、1968年のテト攻勢、1975年春の大勝利などの多くの大きな戦いによる祖国の統一に多大な貢献をしました。

ユニークな建築的価値とクチトンネルがもたらした大きな歴史的重要性があることから、ホーチミン市人民委員会は世界遺産として認定を受けるために歴史的なクチトンネルの登録の資料を作成し、ユネスコに提出する準備をしています。


特別な歴史遺産

1975年以降、クチトンネルは保存され、修復されて革命的な歴史的遺産になりました。観光客は激しい戦時中における民兵によるトンネルの建築と戦闘、そしてトンネル内で生活について学ぶことができます。

歴史的なクチトンネルの管理委員会によると、現在、平均して年間約150万人の国内外の観光客が訪れています。この場所はまた、世界各国の首脳、高官や軍の代表団を受け入れました。

クチトンネルを訪れた人は自分の目で、75年以上存在してきた完全に手作業と人力によって作られた巨大で整然とした堅固なトンネルシステムを見ることができます。



クチトンネルを訪問したロシア外務連盟の代表団。(2019年2月24日)
撮影:クチトンネル歴史遺跡の資料



クチトンネル遺産地区にある解放村の塹壕。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル


クチトンネル遺跡地区のあらゆる種類の爆弾と弾薬を再利用するための工場。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル


クチトンネル遺跡地区にある爆弾処理兵士。
撮影:トン・ハイ―ベトナムフォトジャーナル



クチトンネル遺跡地区の様々な種類の手作りの罠を見学する観光客。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル



クチトンネル遺跡地区の解放された村の日常生活空間の再現。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル



クチトンネルに展示されている各種爆弾。
撮影:トン・ハイ―ベトナムフォトジャーナル



タンク展示エリアを訪れる観光客。
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル



展示エリアのC130航空機
撮影:レー・ミン―ベトナムフォトジャーナル



解放村を見学する観光客。
撮影:クチトンネル歴史遺跡の資料



ベンデュオック烈士記念寺院。
撮影:クチトンネル歴史遺跡の資料

 

歴史的なクチ地下道遺跡地区は
ユネスコによって世界遺産に認定される価値がある。
主なハイライトであるトンネルに加えて、1960年から1975年までのクチ解放区の再現という興味深いエリアがあります。ここは緑の竹林に囲まれた安らかな南部の村の写真のようで、当時の人々の典型的な生活や活動がありありと再現されています。また他の場所にはベンデュオック殉教者記念寺院、戦争兵器展示エリア、南シナ海を模した湖、そして国の3つの地域を代表する一柱寺(ハノイ)、ゴモン門(フエ)、ベン・ニャ・ロン港(ホーチミン市)などモデルや貴重な森が鮮やかに再現されています。

また、田植え、魚捕り、ペイントボールの射撃、実弾射撃、サイクリングなどのアクティビティへの参加、激しい戦争の時によく食べられていた茹でたタピオカなどのクチの特産品を楽しむ体験もできます。

何年にもわたって戦争の痕跡は薄れてきましたが、ほとんど無傷のクチトンネルのシステムはまだ残り、非常に有名な歴史的場所になっています。歴史的なクチトンネルはユネスコによって世界遺産に認定される価値があります。

 
文:ソン・ギア
撮影:レー・ミン、トン・ハイとクチトンネル歴史遺跡地区の資料