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アオザイにおけるベトナム人のアイデンティティ

何千年にもわたる文明と時代の変遷によって、衣服は時間とともに変化しましたが、伝統的なベトナムのアオザイは今でもそこにあり、誇りと誇りを持っています。アオザイは時代を超えて文化的な息吹を吹き込み、ベトナムの文化的アイデンティティの象徴となり、世界中の多くの人々に特別な感情をもたらしています。
歴史的観点から見たアオザイ

アオザイの起源は未だに不明ですが、歴史的背景に基づき、歴史研究者達の間では西暦初期に登場したという統一された結論に達しています。最初にこの服を着た人は、二人のベトナム人女性将軍である姉のチュン・チャックと妹のチュン・ニー(40年-43年)でした。伝説によると、象に乗って漢軍を襲撃するとき、チュン・チャックとチュン・ニーは金の鎧の二枚の裾が付いたアオザイを着て、金の日傘を差していました。その後、2人の女性将軍に敬意を払い、当時のベトナム人女性はアオザイを着ずに、アオ・トゥ・タン(四枚の身頃の服)に変えました。

歴史の多くの浮き沈みを通して、アオ・トゥ・タンは時間とともに多くの影響と変化を受けました。 17世紀から19世紀にかけて、都会の女性たちは、よりフォーマルで高貴な外観を求めて、アオ・トゥ・タンからアオ・グー・タン(五枚の身頃の服)にスタイルを変更し、裕福なお洒落で社会的地位を表現するようになりました。





昔からのベトナムのアオザイのサンプルを展示しているベトナムのアオザイ博物館。
ホーチミン市、第9区、Long Phuoc、Long Thuan306。写真:トンハイ



カーチューで歌う女性の主な衣装のアオザイ。 2009年1月、カーチューはユネスコによる緊急保護が必要無形文化遺産に登録された。これはベトナム北部の16の省と市に大きな影響力を持つユネスコの称号である。写真:タット・ソン(Tat Son)


歌い手の衣装としてアオザイを使用するフー・トォー省の歌の芸術ソアン。 ソアンの歌は貴重な無形文化遺産で
音楽、歌、踊り、衣装などの芸術のさまざまな要素を統合する、一種の民俗および儀式としてユネスコに登録されている。写真:タット・ソン(Tat Son)


「アオザイ」(ao dai / ˈaʊˌdʌɪ /)という言葉はオックスフォード辞書に収録されており、長いズボンの外側に踝を覆う前後2枚の裾でデザインされたベトナムの女性用ドレスの一種と説明されている。
1930年代初頭になると、西ヨーロッパの文化の波がベトナムに押し寄せ、人々の好み、特にアオザイの美の概念に影響を与えました。この時期、カット・トゥオンというアーティストが「ル・ミュール(Le Mur)」という新しいアオザイを立ち上げました(フランス語でLe murは「壁」を意味する)。このアオザイは肩を膨らんだ袖につなぎ、襟を圧着したり、開けたりして、洋風にカットされています。

「アオザイ」(ao dai / ˈaʊˌdʌɪ /)という言葉はオックスフォード辞書に収録されており、長いズボンの外側に踝を覆う前後2枚の裾でデザインされたベトナムの女性用ドレスの一種と説明されている。

「ル・ミュール」アオザイは、数年後、多くの賞賛と非難の波に遭遇しました。レー・フォー画家がこのアオザイを改良し、大胆な西洋風のスタイルを取り払い、昔のアオ・グー・タンの衣服と調和させ、二枚の裾が自由に飛ぶように体を覆ったままのアオザイスタイルを作りました。

これまで、ベトナムのアオザイは細部にまで埋め込まれた大胆な人生哲学を今も受け継いでいます。アオザイの左胸の横にある5つのボタンは、アオザイをまっすぐに保ち、目立たないようにし、また人間であるための5つの真理、つまり仁、礼、義、智、信を表しています。

チャック・サー村-アオザイ縫製の伝統工芸村

現在、チャック・サー村(ハノイのウン・ホア郡)は、ベトナムのアオザイを縫製する村として知られています。ハノイの中心部から60km離れたこの村は千年以上も前から存在しています。

毎年、年末が近づくと、チャック・サー村には北、中央、南の至る所からアオザイの注文があります。チャック・サー村の70%の世帯が今でも伝統的なアオザイの縫製を続けています。チャック・サー村では、子供たちは他の職業をする前に、アオザイを縫う仕事「針の手」を勉強しなければならないという規則があります。
「針の手」は服の縫い方を知っているという単純な意味で理解されています。しかし、チャック・サー村では、「針の手」は職業のノウハウの伝承にも関連し、「針の手」と呼ばれるために学び、文字通り何年もの間血を流さなければなりません。



何千年もの間、才能のある仕立て屋を育ててきたチャック・サー村。彼らは職業への愛情と巧みな手で、
ベトナム女性の美しさをアピールするために伝統的なアオザイを作る。写真:コン・ダット(Cong Dat)



チャック・サー村の6、7歳の子供たちは家族から手縫いを習い始め、15、16歳までに仕事を習得し、
伝統的なアオザイを自分で作り上げることができる。写真:コン・ダット(Cong Dat)



チャック・サー村でアオザイの仕立て屋として70年近く働いているグエン・ヴァン・ニエンさん(86歳)。
写真:コン・ダット(Cong Dat)


自然淘汰のように、アオザイは内因と外因の両面で多くの試練を経て、個々の生地、針のラインで美しさを極めてきた。
アオザイの仕立て屋として70年近く働いているグエン・ヴァン・ニエンさん(86歳)は、古い北部の建築様式のレベル4の家で、村の工芸品についてゆっくりと説明してくれました。彼によると、チャック・サー村の人たちは常に業祖への感謝のしるしとして、世代から世代へと子供たちに村のアオザイの縫製の仕事についての伝説を継承しています。

伝説によると、ディン皇帝は968年に12人の群雄による反乱を制圧し、王位に就いた後、ソン・タイ地域に来て才能のある者、器用な者を募った所、グエン・ティー・センに出逢いました。15歳のセンは美しく、縫製と刺繡が得意で、センは王の第四妃になりました。彼女の創意工夫と知性で、王宮でかつてなかった縫製業を発展させました。979年、ディン朝の事件の後、グエン・ティー・センは子供たちを連れて首都ホア・ルーからチャック・サー村に戻り、それ以来、村人に縫製の仕事を教えたそうです。

現在、業祖の命日が来ると、南北各地からチャック・サー村の人々が集まって、先祖に感謝の気持ちを込めて線香を上げています。おそらくそのお陰か、チャック・サー村のアオザイを仕立てる仕事は絶えず発展し、国のすべての地域に広がっています。チャック・サー村のアオザイは大都市の顧客に人気があるだけでなく、オーストラリア、アメリカ、タイ、スウェーデンなどにも輸出されています。

現代生活におけるアオザイと国際的な印象

アオザイはベトナムの魂、ベトナムの人生観なので、特別な行事や全国的なイベントで常に最初の選択肢となり、社会の各業界や分野にインスピレーションをもたらします。


アオザイの「首都」として知られるフエ市では、アオザイが女子学生の日常着で、さらに面白いことには毎週月曜日にはフエ市職員はアオザイを着る。
ベトナムのアオザイは21世紀のダイナミックな伝統衣装と見なされています。現代のアオザイは高度にパーソナライズされた製品であり、縫製は一人一人のオーダーメイドです。これが世界のファッショントレンドの要素です。したがって、最近ではベトナムのアオザイは世界のファッション業界に認められるようになりました。アオザイのイメージはジョルジオ・アルマーニ、ラルフ・ローレン、カルバン・クラインなどのデザイナーのベトナムアオザイから得た新しい創造的なインスピレーションによるコレクションを通じて、瞬く間にパリ、ニューヨーク、ミラノ、スペインなどのファッションの中心地に広がりました。


ハノイストリートアオザイフェスティバルでのアオザイのファッションパフォーマンス。写真:タイン・ザン(Thanh Giang)

フエ市の女子学生の日常着になっているアオザイ。写真:グエン・ルアン(Nguyen Luan)

毎週月曜日に役所でアオザイを着用するフエ市の職員。写真:資料


アオザイはハノイの結婚式や婚約式の衣装。写真:タイン・ザン(Thanh Giang)

ハノイの文廟で行われたデザイナーのチュラ氏のチューリップフラワーコレクションに出品されたアオザイを着るイタリア大使
のセシリア・ピッチョーニさん(赤いシャツを着た人物)。写真:タイン・ザン(Thanh Giang)



ハノイの文廟で開催されるアオザイフェスティバルでの有名なデザイナーによるアオザイコレクション。写真:タイン・ザン(Thanh Giang)


フエフェスティバル2014でのアオザイファッションパフォーマンス。写真:タイン・ザン(Thanh Giang)

アオザイは統合の道のりにおけるベトナムの変化を象徴していて、時代に溶け込むためのバリエーションがあるかもしれませんが、常に独自の個性を保ち続けています。

自然淘汰のように、アオザイは内因と外因の両面で多くの試練を経て、個々の生地、針のラインで美しさを極めてきました。アオザイの哲学と芸術に加え、アオザイの揺るぎない価値は、ベトナムの文化的アイデンティティと魂の伝承に貢献し、それを身に着けている人の非人格的な行為を不可能にすることです。これは永遠に続くアオザイの特に大切な価値であり、ベトナムの女性の美しい象徴であり、ベトナムの人々の誇りです。

 
ベトナムには、ユネスコによって人類の代表的な無形文化遺産として認められている13の遺産がある。
その中で7つの遺産、クアン・ホ、カー・チュー、ハット・ソアン、ヴィー・ザム、フエ王室の音楽、
ドン・カー・タイ・トゥー、マウ・タム・フー信仰では演奏中にアオザイやチュニック(丈が長めの上着)を
着用する。アオザイほど人類の無形文化遺産の認定プロセスに民族衣装が貢献するケースは殆どない。
文:タオ・ヴィー(Thao Vy)Bài: Thảo Vy
写真:コン・ダット(Cong Dat)、トン・ハイ(Thong Hai)、タイン・ザン(Thanh Giang)、グエン・ルアン(Nguyen Luan)、資料

翻訳者:ホアン・ミン・フオン(Hoang Minh Phuong)