記者:清水先生、日本の研究者のお立場から、1911年6月5日にホー・チ・ミン主席が祖国救済の道を求めて旅立った出来事の歴史的意義をどのように評価されますか。
清水正明教授:1911年6月5日にホー・チ・ミン主席が祖国救済の道を求めてベトナムを離れた出来事は、単に近代ベトナム史の転換点というだけではなく、20世紀初頭のアジアにおける「世界との接触」を象徴する出来事であったと考えています。
特に重要なのは、当時のグエン・タット・タインが、植民地下の一民族という視点だけではなく、実際に世界各地を体験しながら国際社会を理解しようとした点です。西洋社会、植民地、国際労働運動などを自ら観察した経験が、当時のアジアでは極めて先進的なグローバルな視野を形成したのだと思います。
思想史・国際交流史の観点から見れば、この出来事の最大の意義は、「民族の近代化と解放は、世界を実際に見て学び、国際的対話を行うことと切り離せない」という点を示したことにあるのではないでしょうか。
記者:ホー・チ・ミン主席が祖国救済の道を求めて旅立ってから115周年を迎えるにあたり、この出来事は、今日のベトナムと日本の若い世代に対して、特に学び、国際交流、そして国への貢献という点で、どのような示唆を与えるとお考えでしょうか。
清水正明教授:今日のベトナムと日本の若い世代にとって、ホー・チ・ミン主席の歩みから学べる最も重要な点は、「世界に出ることで、逆に自国を深く理解する」という姿勢ではないかと思います。
現代のグローバル化の中では、留学や国際交流は、単に外国語や技術を学ぶことだけでは十分ではありません。むしろ異なる文化や価値観と対話することを通じて、自分自身の社会を再認識することが重要です。
私は特に、日本とベトナムの若い世代が、経済分野だけでなく、教育、多言語共生、移民、社会包摂などの分野において、新しい協力関係を築いていくことを期待しています。これらは現在、両国が共通して直面している重要課題だからです。
記者: 日本における研究の視点から見て、現在の日本の学界や社会では、ホー・チ・ミン主席の人物像はどのように捉えられ、理解されているとお考えでしょうか。
清水正明教授:現在の日本の学界では、ホー・チ・ミン主席は、単なる革命家・政治指導者としてだけではなく、国際的知識人、あるいは東西交流史の中の人物として捉えられる傾向が強まっているように思います。
特に近現代アジア研究の分野では、多文化受容能力、語学能力、国際的思考力などに注目する研究者も少なくありません。つまり、日本におけるホー・チ・ミン像は、以前よりも多面的に理解されるようになってきていると言えるでしょう。
ただし、日本社会全体で見ると、ベトナム史への理解はまだ十分とは言えません。その意味でも、今後の日越間の教育・学術交流の深化は非常に重要だと思います。
文:グエン・トゥエン/ベトナム通信社