チュオンサーの海でガックマーの記憶が蘇る
海の夕暮れは、人々が想像するほど騒がしくはない。波は優しく船体に打ち寄せ、海の広大さと神聖さを感じさせる。「戦没兵士の魂」の音楽が海に響き渡ると、年配の将校から初めてチュオンサーに来た若者まで、誰もが静かに立ち尽くした。あたりは厳粛な雰囲気に包まれた。墓石も住所もないこの場所で、海は最も神聖な墓地となり、波が打ち寄せるたびに、彼らの犠牲が決して忘れられていないことを思い起こさせてくれた。
船の甲板には数百人が立ち、厳粛な黙祷を捧げていた。戦争を経験した白髪の人々もいれば、初めて「祖国」という言葉の重みを感じる若者の顔もあった。ガックマーで命を落とした兵士たちは、家族に深い悲しみを残しただけでなく、民族の歴史にも消えることのない刻印を残したのだ。大海原には墓標がなく、彼らの遺体は波と一つになり、自らの血と骨で主権を示す「生きた標」となったのだ。
チュオンサーの海に赤く染まる夕陽の中、線香の煙が潮風と混じり合い、人々の心の奥に静かな感情が広がっていく。海軍第4管区第685旅団の政治委員であり、第15任務部隊党政治任務チームの長であるグエン・ゴック・ヴィン大佐は、声を詰まらせながら感情を込めて追悼の辞を読み上げた。
ある記者が小声で「これは教科書には載っていない授業だ」とささやいた。確かに、大海原の真ん中に立つと、愛国心とは遠いものでもスローガンでもないことに気づかされる。それは感謝の心から始まり、今日の平穏が多くの先人たちの血と骨によってもたらされたことを理解することから生まれるのだ。
黄色い菊の花と折り鶴が次々と手から手へと渡され、海へと放たれるにつれ、誰もがそれが単なる儀式ではないことを理解した。それは、波と一体となった人々への大地からの感謝の思いを届ける方法なのだ。
特に若い世代にとって、チュオンサーはもはや地図上の名前ではなく、人々が暮らし、犠牲を払い、守るべき責任を負った場所となっている。自らの体験を通して歴史に「触れる」ことで、なぜ海と島々の主権が決して譲ることのできない神聖なものなのかを理解するようになるのだ。
大海原の中には、決して消えることのないものがある。それはガックマーの記憶であり、不滅となった兵士たちの姿であり、そして祖国の主権が国民全体の意志によって永遠に守られるという信念である。
ベトナムの人々は海を前にすると、波だけでなく、その中に祖国の姿を見る。そして海と島々を守ることは単なる責任ではなく、チュオンサーの海と空の下で命を捧げた人々への感謝の気持ちを表す方法でもあることを誰もが理解しているのだ。
文:レー・ミン・ベトナムフォトジャーナル
撮影:レ-・ミン-ホアン・クオン



























