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特別な記事

クアン・チ省:DMZから東西経済回廊まで

クアン・チはかつては世界で最も激しい軍事境界線があった地域で、その恐ろしい破壊力から「爆弾バッグ」、「火の国」、「死の座標」と例えられましたが、今日、中央地域、特に東西経済回廊(EWEC)における観光開発、再生可能エネルギー、国際貿易接続、そしてロジスティクスサービスの中心、地域の国々の商品輸送において大きなポテンシャルがある地域の一つとして持続的かつ力強く発展しています。
DMZ(非武装地帯)ツアーの印象と海の観光の可能性
1975年以前、救国抗米戦争中、クアン・チの北緯17度線は一時的に南北を分断する、世界で最も危険な軍事境界線(DMZ-非武装地帯)として世界に知られていました。
この軍事緩衝地帯ではアメリカ軍とサイゴン軍が数千トンの爆弾と化学毒を流し込んだだけでなく、北ベトナム軍の進攻するすべての道を断ち、南北ベトナムの同胞の平和と統一への望みを打ち砕くために様々な狂気の作戦を展開しました。

マクナマラ電気柵、タ・コン空港、ヴィン・モク地下トンネル、ヴァイ村、9号-ケ・サン道路、ティエン島、ミュウスロープ、ヒエン・ルオン橋-ベン・ハイ川など、多くの名前と場所が痛みを伴った残酷なDMZの忘れられない思い出となっているのは正にここです。
戦争は過去のこととなり、戦時中の傷は徐々に癒され、アメリカの退役軍人を含む世界中の多くの人々がクアン・チに戻ってきました。ここでは、かつて「死の座標」として知られていたこの土地の謎を発見したいという願望を持って、「DMZツアー」をたどろうとしています。



救国抗米戦争で南北分断の苦痛を目撃した北緯17度線の暫定軍事境界地域であったが
今は特別国家歴史遺跡となったヒエン・ルオン橋(左側の小さな橋)とベン・ハイ川。
写真:ホーカウ



クアン・チ省での戦争で残された米軍の爆弾。写真:ヴィエット・クオン・ VNP


国が分割されていた期間中、国境を越えてプロパガンダを放送するために北側によって使用された巨大なスピーカー。
写真:タイン・ホア(Thanh Hoa)・ VNP



クアン・チ省に米軍が建設したマクナマラ電気柵があった重要な基地タ・コン空港の遺物。
写真:ヴィエット・クオン(Viet Cuong )・ VNP




1972年「赤い夏」の81日間の戦争中、米軍が1945年に広島に投下したタイプの原子爆弾7個分の破壊力に相当する
32万トン以上の爆弾と弾丸に苦しんだ特別国家歴遺跡クアン・チ古城。写真:ホー・カウ。



特別国家歴史遺跡のヴィン・モク地下トンネル。写真:ホー・カウ


外国人観光客が訪れ、線香をあげるクアン・チ省のチュオン・ソン国家戦没者墓地。写真:タイン・ホア・ VNP


ヴィン・モク地下トンネル特別国家歴史遺跡を訪れる外国人観光客。写真:タイン・ホア(Thanh Hoa )/ VNP

クアン・チ省ビン・リン郡の名勝地ムイ・チェオ。写真:ホー・カウ


クアン・チ省フォン・ホアの山岳地帯にある美しいター・プオン滝。写真:ホー・カウ


クアン・チ省の高地に住む少数民族の日常生活。写真:ホー・カウ


クアン・チ省のクア・トゥンビーチの野生の美しさ。写真:ホー・カウ


韓国では観光客がDMZツアーで韓国と北朝鮮の間にある非武装地帯の特定制限区域を訪問することがよくあります。クアン・チ省では、観光客がこれらのツアーで北緯17度線の平行DMZ地域の遺物、ランドマーク、基地、軍事施設を含む歴史の巨大なシステムを直接訪問して探索できます。
今日、世界ではDMZツアーはおそらく韓国とベトナムでのみである。このタイプのツアーは、敏感で危険で致命的な軍事対立地域について人間の想像力を喚起するだけでなく、当時の歴史的な問題もあるため、特に外国人観光客にとって常に特別な魅力がある。


クアン・チDMZツアーの旅程は非常に魅力的で、通常は1日で行われます。ルートによると、ドン・ハ市からベトナムの「第2のディエンビエンフーの戦い」として知られる9号線-ケサンの戦い、ロックパイルの丘、タ・コン空港、ケサン基地のある国道9号線を通って行きます。 次に、米軍と傀儡の前方基地と見なされていたコン・ティエン-ミュウスロープ、マクナマラ電気柵の「神の目」を訪問し、特別国家歴史遺跡「ヒエン・ルオン-ベン・ハイ両岸」に進みます。ここは北緯17度線のDMZツアーで最も重要で魅力的な訪問地で、ヒエン・ルオン橋、南北国境の警察署、展望台、敵側への闘争を宣伝するために使用された大型スピーカー、博物館、「川を統一するための願望」彫像群などがあります。
ヒエン・ルオン橋から特別国家歴史遺跡ヴィン・モク地下トンネルを訪れます。この地下道は3層構造になっていて、最も深い床は地下20m以上あり、全長2,000mを超える地下トンネルのシステムを持つユニークな軍事施設です。クアン・チ省のヴィン・リン郡の軍隊と住民が住み、爆弾を避けて戦う場所として使用されていました。
DMZツアーは現在、クアン・チ省で独自の観光ブランドとなったユニークな旅行ですが、地元は国内外の観光客に唯一の戦争体験旅行を提供するために独自色の強い開発への投資に関心を示しています。
DMZツアーの強みに加えて、クアン・チ省には75km以上の海岸線があります。クア・ヴィエット海岸、クア・トゥン海岸、ミー・トゥイ海岸、ビン・タイ海岸、ジャー・アダン海岸などの十分に活用されていない多くの美しい手付かずのビーチがあることから、大きな可能性を秘めた海と島の観光地としての案が浮上しています。 そして特にコン・コ島という美しい手付かずの島は、南シナ海の真ん中にある「真珠の島」「浮かぶ戦艦」と例えられています。

この可能性を秘めたクアン・チ省は、海と島の観光を地元の強みに発展させる戦略を持っています。クアン・チ省を中央地域の主要な島のリゾート観光センターに発展させるというプロジェクトに国内外の投資家を引き付けるためのアイデアは、クア・トゥン海岸、クア・ヴィエット海岸とコン・コ島のビーチ観光「三角形」の構築です。

東西経済回廊の扉を開く
戦後、クアン・チ省は廃墟だけが残りました。人々の生活は悲惨を極め、土地は乾燥しているだけでなく、地雷で汚染されているためほとんど耕作できませんでした。しかし、今日、ベトナム戦争中の「国道9号-ケサンキャンペーン」で有名なルートである国道9号線に沿って進むと、ケ・サン地域は単なる道ではなく、大きな変化を遂げました。ベトナムとラオスだけでなく、ベトナム-ラオス-タイとミャンマーの4カ国を結ぶ1,450kmの東西経済回廊ルートの重要な架け橋でもあります。

ダ・クロン郡とフォン・ホア郡の2つの山岳地帯郡を通る国道9号線に沿った道路の両側は広大な緑になり、伐採用に数万ヘクタールの植林、5,000ヘクタール近くのコーヒー、4,500ヘクタール以上のバナナや他の多くの農産物は高い経済的価値をもたらしています。
特に、フォン・ホア郡は徐々に中央地域の風力発電の中心地になりつつあり、総容量4,000MWを超える84のプロジェクトが集まり、そのうち31のプロジェクトの計画が承認され、貿易省に提出された53の追加のプロジェクトがあります。


東西経済回廊の重要な接続ポイントのラオ・バオ国際国境ゲート。写真:ホー・カウ


クアン・チ省の大きな可能性と利点を備えた新しい方向性と見なされているフォン・ホア山岳地帯の風力発電開発。
写真:ホー・カウ



ゴムラテックスの抽出および加工業に強みと可能性を持つクアン・チ省。写真:ホー・カウ


クアン・チ省の輸出用木材加工産業。写真:ホー・カウ


クアン・チ省の輸出衣料産業。写真:ホー・カウ


沖合漁業に強い船団があり、海洋経済の発展戦略において大きな利点があるクアン・チ省。写真:ホー・カウ


クアン・チ省のクアン・チ漁港。写真:ホー・カウ


クアン・チ省の高収穫の大きなサンプルフィールドのモデル。写真:ホー・カウ


ヴィン・リン地区のコショウの収穫期。写真:ホー・カウ


ベトナム戦争中の「国道9号-ケ・サンキャンペーン」で有名な国道9号線は大きな変化を遂げた。これはベトナムとラオス間の主要な交易路であるだけでなく、ベトナム-ラオス-タイとミャンマーの4カ国を結ぶ1,450kmの東西経済回廊ルートの重要な橋頭でもある。
貿易については、国道9号線の起点としてジオ・リン郡のクア・ビエト港があり、2,000〜40,000トンの船舶を受け入れることができる03埠頭と01ポンツーンがあります。国道9号線は南に遠くないチャン・メイ港(フエ市)やティエン・サ港(ダナン市)に簡単に接続できるだけでなく、EWEC諸国とその地域の他の国から海道での物資の流通に非常に便利です。

さらに、ベトナムと国境を接する国道9号線-ラオスには、ラオ・バオ国際国境ゲートとラオ・バオ経済特区があり、長年にわたって輸出入のハブとして賑わっています。2021年から2025年の期間、政府はより強力な投資先として焦点を当て、地方が観光に関連する農業、産業、商業の大きな可能性を開拓し、地域の国々との協力を支援します。

一般的な開発の方向性によると、クアン・チ省は2030年までに中央地域のエネルギーセンターになるよう努めることです。投資を呼び込み、輸送サービス、倉庫のネットワーク、ヤード、ロジスティクスサービスを強力に開発し、2030年までにこの地域の国々の商品の積み替えポイントになります。都市開発志向、国境を越えた都市、ロジスティクスサービスの開発という方向性に従って、ラオ・バオ貿易経済地区の開発を研究します。海と島のリゾート観光については、観光を先駆的な経済部門に発展させることであり、地域および東-西経済回廊における各地方観光とクアン・チ省の歴史的・革命的な戦争遺跡観光と連携します。

ベトナム共産党中央委員会のメンバーであり、クアン・チ省党委員会書記のレー・クアン・トゥン氏は、2020年から2025年の期間にクアン・チ省は2025年には国内で平均的な開発レベルとなり、2030年までに開発レベルが高い省のグループに属することを目指していると述べました。輝かしい偉業を持つ国道9号線はエネルギー、国際貨物輸送、貿易、観光、投資誘致、国際経済統合と開発における発展の可能性を持つ省にとって開発の重要なポイントとなります。


文:タイン・ホア 
写真:ホー・カウ、タイン・ホア、ヴィエット・クオン

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