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ベトナム北西部の「ソエ踊り」

伝説によると「ソエ」は約10世紀前に存在し、最初は人々が夜に未開の山で恐怖を払拭するために手を握るという単純な動きでしたが、その後、村づくりの際の踊りとしてムオン族の領主に捧げられるようになると次第に華麗になり、北西部のタイ族の有名な踊りへと発展しました。2021年12月、「ソエ・タイ」踊りはユネスコによって人類の代表的な無形文化遺産として認定されました。



伝説によると「ソエ」は約10世紀前に存在し、最初は人々が夜に未開の山で恐怖を払拭するために手を握るという単純な動きでしたが、その後、村づくりの際の踊りとしてムオン族の領主に捧げられるようになると次第に華麗になり、北西部のタイ族の有名な踊りへと発展しました。2021年12月、「ソエ・タイ」踊りはユネスコによって人類の代表的な無形文化遺産として認定されました。

ソエ・タイの故郷

北西部タイ族の古文書によると10世紀頃、ムオン・ロー地域(現在のイェン・バイ省)のラック・チュオン首長が「ソエ・タイ」踊りを生み出しました。そして、タイ族の人々をムオン・ソ地域(今日のライ・チャウ省フォン・トー県)に連れて来て開拓し、村を建設しました。伝説によると、この新しい土地こそが「ソエ・タイ」踊りが発展し、北西部全体に広がった場所です。

 

当初、ラック・チュオン首長が村人に教えた「ソエ・タイ」踊りは簡単で、男性と女性が手をつないで火の周りを一周し、拍子に合わせて踊ったり掛け声をかけたりして、野生動物を追い払って恐れを払いのけ、共同体の連帯を示すことを目的としていました。その後、ソエをより活気のあるものにするために、タイ族の人々は楽器を使うようになりました。楽器はドラム、二胡、ゴング、タイン・ラと組み合わせたツィターパイプなどです。それ以来、「ソエ・タイ」踊りは村の大きな祭りから家の新築祝いや婚約式、結婚式などの家族のお祝いまで、ほとんどのタイ族の文化的活動で好んで行われています。したがって、ムオン族の人々はソエの輪が大きくなればなるほど、その年はより良くなり、より豊かな生活が送ることができ、村人はより幸せになると信じています。


 

ムオン・ローでタイ族の文化を研究している専門家のロー・ヴァン・ビエン氏によると、現在では36種類の「ソエ・タイ」踊りがありますが、それらはすべて6種類のソエから派生して変化してきたそうです。これらの6種類の古代ソエの踊りはパフォーマンスのためだけでなく、何世代にもわたってタイ族共同体の生活、考え方、生活習慣の概念を保持しています。例えば、舞踏「セー・ボン」(輪を広げる)は連帯と共同体の結束を示し、舞踏「ハム・ハン・モイ・ラウ」(スカーフを持ち上げて酒を勧める)は酒を勧めて客人への気持ちを表します。舞踏「ドン・ホン」(前、後、逆さまに踊る)は、世界が不安定なのにもかかわらず、人々は依然として切り離せないものであると断言します。「ノョム・ハン」(スカーフを投げる踊り)は最も動きの激しく華麗なソエ踊りで、喜びを表現しています。結婚して新しい家に行く時に踊る「オム・ロム・トップ・ム」(手を繋いで輪になって踊る)は満足と充実感を表します。


北西地方のタイ族の「ソエ・タイ」踊りの祭りでは

鐘、太鼓、竹の棒がリズムを​​作る。

撮影:ベトナムフォトジャーナルの資料


ディエンビエンフーの戦いで勝利する前(1954年)、ムオン・ソのタイ族のソエを非常に愛した領主デオ・ヴァン・アン「タイ族の王」の支配下にあったため、この地域には何百ものソエのグループがありました。ソエ祭りは定期的に開催され、ムオン族の各村のタイ人の若い男女がナム・ナ川のほとりに集まり、声をかけて仲良くなり、ソエを一緒に踊ります。夜が来ると歌で相手に呼びかけ、明滅する火の光の下、音楽は夢が溢れたソエ北西部の夏の夜を作り出し、ソエの輪はどんどん大きくなり、いつまでも終わりそうにありません。


 

ベトナム国立文化芸術研究所の元副所長グエン・ティ・ヒエン准教授によると、基本的にソエには儀式用のソエ、ソエの演奏とソエ・ヴォンの三つの主要な種類がある。1990年から現在まで、ソエ・タイのクラブは繁栄し、2019年にはイェン・バイ省に約180チーム、ディエン・ビエン省に1,273チーム、ライ・ャウ省に100以上のチーム、ソン・ラに約1,700チームがあり、ソエ芸術の上演と伝承に強力な力を生み出している。

フランス植民地時代には、郷土の踊りから北西地域の首長やフランスの支配階層に披露する「宮廷舞踊」となったと言ってもいいでしょう。過去にデオ・ヴァン王のソエチームに所属していた故ロー・ティ・フェ芸術家は、1954年以前に当時の西洋人にとって特に魅力的だったソエ・ホア、ソエ・ノン、ソエ・カン、ソエ・ホア・バンをムオン・ソのソエチームがフランスのパリで演じたと述べました。 


ムオン・ロー、ムオン・ソーから今日までの時代の変化を経て、ソエは目覚ましく発展し、タイの人々の文化的な「宝」となり、北西地域の民族グループの連帯の象徴的な踊りになりました。

ソエ地方の観光

 

今日の北西部にはタイ族の人口密度が高い四つの地域があります。ムオン・タイン(ディエン・ビエン省)、ムオン・ロー(イェン・バイ省)、ムオン・タン(ライ・チャウ省)、ムオン・タック(ソン・ラ省)です。ここには有名なソエのチームがあり、タイの人々が住んでいる所にはどこもソエがあるので、地元の人々の独自の「ソエの宴」を楽しむ機会があります。


 

ライ・チャウ省で民間伝承を収集する研究者のド・ティ・タック氏によると、ソエ・ゴングは北西部全体、特にムオン・タンでタイ族共同体の最大の春祭りです。白タイ族の人は好天、良い作物、そして平和な村を祈るためにソエ・ゴングを行います。ソエ・ゴングの祭りは「ソエ・タイ」踊りに並ぶほど有名です。宴にはおいしい料理がたくさんあるようにソエ・ゴングにも魅力的なダンスがたくさんあります。


 

 

パイプの音とムオン族の女性の笑い声が混ざり合うと、遠くにいた男性たちは急いで引き返してきます。ゴングと太鼓の音は来場者を魅了します。その時、タイ族、モン族、ザオ族を問わず、全員が手を取り合ってソエの輪を形成し、揺れるパイプの音に合わせてリズミカルに火の周りを踊ります。


 

黒タイ族の人が住むディエン・ビエン地区とディエン・ビエン・フー市の渓谷では、ソエは省人民委員会によって先駆的な観光商品に組み込まれています。したがって、今日ディエン・ビエンに来ると、観光客は景勝地を訪れ、「世界中に激震を走らせた」ディエン・ビエン・フーの勝利に関連する史跡について学ぶだけでなく、ソエ祭りの夜の魅惑的な美しさを発見することもできます。なぜなら、ここにはメン村、テン村、コ・ミー村、黒タイ族の人々のフィエン・ロイ村などに千以上のソエチームがあり、常に観光客に踊りを演じる準備ができているからです。


ギア・ロ集落でムオン・ローの6つの有名なグループの他5千人以上の一般の踊り手が参加し、ギネスベトナム2019の記録を樹立したベトナム最大の「ソエ・タイ」踊り。

撮影:ベトナム通信社


マイ・チャウ(ホア・ビン省)のタイ族も観光客に踊りを披露するためにソエのチームを設立しました。ラック村とポン・クーン村は2つの共同体の観光開発モデル村で、10近くのソエチームがあります。ラック村のソエチームのメンバー、ヴィー・ティ・トエットさんは「私たちタイ族の人々にとってソエを習う必要はありません。私たちが成長する間にソエが刻み込まれているからです」と語りました。


タイの人々にとって、ソエは毎日の食べ物や水のように人生の一部です。ソエはタイの民族グループに欠かせない精神的な料理であるだけでなく、民族共同体の共通の文化的特徴であり、今日の北西部のユニークな文化的および観光商品になっています。

 


  • 文:フォン・トゥー  
  • 撮影:ベトナムフォトジャーナル、ベトナム通信社
  • デザイン:チャン・ニュン
  • 訳者:ソン・タム・クエン

 

 

 


 


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