水上マーケットは、ベトナム南西部特有の文化的美しさであり、メコンデルタの水辺の生活を生き生きと描いた絵画のような存在です。しかし、生活様式の変化とともに、西部の水上マーケットは徐々に衰退しています。ベトナムフォトジャーナルの取材班は西部の水上マーケットの変化を目の当たりにし、失われつつある文化の一部を探し求める旅に出ました。
午前4時、ガーナム水上マーケット(ソクチャン省ガーナム市)はまだ静寂の暗闇に包まれていました。グエン・ティ・ハウさんは目を覚まし、船首で一本の線香に火をを灯しました。 誰かが近づく気配を感じ、ハウさんはすぐに声をかけた。「パイナップルはいかがですか? 小さいのは3千ドン、大きいのは5千ドン。私の船にはまだ千個近くのパイナップルがあるよ」 しかし、写真を撮りに来た観光客だと分かると、彼女はため息をつきました。「昔のような賑わいのある水上マーケットの写真を撮る場所なんて、もうどこにもないわ。みんな陸上の市場へ移ってしまったのよ」
2011年、カイラン水上マーケットには約500〜700人の商人が
定期的に特産品を持ち込み、売買を行っていた。
撮影:グエン・タン/ベトナム通信社
夜明け前、まだ人の顔がはっきり見えない時間に、グエン・ヴァン・フンさん(ハウさんの夫)も目を覚ました。 客が話しかけると、フンさんはこう言いました。「10年ほど前、私の家はロンミーにあり、月に4回市場へ出かけていたよ。船には毎回4〜5トンの果物を積み込み、サン運河を遡ってガーナムやガーバイの水上マーケットへ行くと4、5日で売り切れていたね」
フンさんによると、当時はロンミー地区全体が熱狂してガーナム水上マーケットに向かっていたそうです。貧しい家庭でも、エンジンの付いた小さなボートを買って、市場へ行ってパイナップルを売り、生活必需品を買っていました。 しかし今では、ロンミー地区からは彼の船だけがガーナムに来て5日間停泊し、持ってきたパイナップルの3分の1しか売れていません。 黄色から黒ずみ始めたパイナップルの山を見つめながら、フンさんはため息をつきました。「陸に上がって『大幅値下げ』の看板を掲げれば、少しは売れるかもしれないな…」
西部の水上マーケットでは買い手が分かり易いように、
船の先端に棒を立てて農産物を吊るしている。
撮影:グエン・タン/ベトナム通信社
2011年、活気に満ちた売買の光景が広がっていたガーバイ水上マーケット。
撮影:グエン・タン/ベトナム通信社
カマウ川とヴィンクオイ川(ソックチャン省)、ロンミー川(ハウザン省)、タインチ川(ソックチャン省)、フンヒエップ川(ハウザン省)の5つの川が交差するガーナム川の河岸には、ハウさんのパイナップル売りの船とともに、スイカやパイナップル、ココナッツを売る約10隻の船が停泊しています。
ハウさんとフンさんのボートの隣には、レ・ヴァン・ディンさんのスイカ売りの船が停泊しています。 朝日が川面を照らし始めると、ディンさんも目を覚まし、線香に火を付け船首に立て、色褪せたスイカをいくつか選び、魚の餌として川へ投げ入れました。ディンさんもヴィンクオイから川を遡り、ガーナムに船を停泊させて3日間商売をしています。 今朝、彼の船に来たレストランはたった2軒だけで、その日の客に提供するスイカ20個余りを購入しました。 わずかな数のスイカを通りすがりの客に売った後、ディンさんは茶器を取り出し、私たちを船へ招いてくれました。 彼はため息をつきながら言いました。「考えてみてください。今では道路が発展し、バイクや車で簡単に移動できるので、人々は陸上の市場へ行きます。商人も果樹園まで直接買い付けに行くので、水上マーケットに来る必要がありません。 さらに、今の西部にはもう水が氾濫する季節がなく、水がないため、船の移動が困難になり、水上マーケットへ行く人もいなくなりました」
ガーナム水上マーケットでは、フンさんやディンさんのほか、船を停泊させ、市場に留まっている商人が10人ほど残っています。 フンさんはこう語っていました。「船で市場へ行っても、もう利益なんてほとんどない。ただ、私たちは生まれてからずっと川の上で暮らしてきたから、船での生活に慣れていて、変化するのが怖いだけです。 でも、私たちが年老いたら、次の世代の子どもたちは水上マーケットが何なのかさえ知らないかもしれません」 フンさんの朝の一杯のお茶を飲むと胸を締め付けられるように感じました。 私たちは再びガーナムへ戻り、携帯電波塔に登って観察すると、カマウへ続く川の支流はホテイアオイに覆われていた。 その分岐点では新型コロナウイルス感染症の流行以降、船の往来が途絶えてしまっています。
2019年以前、7つの川が交差する地域はガーバイ
水上マーケットの集まる場所であったが、今では商人の姿が消えてしまった。
撮影:グエン・タン/ベトナム通信社
私たちはサンサノ運河を遡り、ガーバイ水上マーケット(ハウザン省ガーバイ市)へ向かいました。ハウザン省人民委員会の情報によると、ガーバイ水上マーケットは「フンヒエップ水上マーケット」とも呼ばれ、100年以上の歴史を持ち、メコンデルタ地域で最も活気のある市場の一つとして知られています。 この市場は1915年頃に形成され、7つの川であるカイコン、 マンカー、ブンタウ、ソックチャン、セオモン、 ライヒエウ、 セオヴォンが交差する地点に位置しています。
空撮用ドローンで見ると、7つの支流が合流する地点には船が行き交うだけで、両岸にはすでに家々が立ち並んでおり、かつての有名な古い水上マーケットの痕跡はもはや見当たりません。 道端の茶屋で足を止め、店主の女性に尋ねると、彼女は手短に一つの情報だけを教えてくれました。新型コロナウイルス感染症の流行前は、ちょうどこの場所で市場が開かれていたが、それ以来、水上マーケットに来る人は見かけなくなったとのことでした。
私たちは「白米と清らかな水の地」カントーへ向かい、カイラン水上マーケットを巡る観光サービスのあるニンキエウ埠頭を散策しました。観光船の船主によると、水上マーケットはまだ存在しているものの、魂とも言える商人たちの姿が次第に減ってきているため、かつてのような賑わいはなくなっているとのことでした。
朝5時から8時まで観光客で賑わうカイラン水上マーケット(カントー市)。
撮影:トン・ティエン/ベトナムフォトジャーナル
午前5時、私たちはニンキエウ埠頭からカイラン水上マーケットへ向かうために観光ボートを借りました。まだ太陽は昇っていませんが、カントー川ではすでに観光船が行き交い、水上マーケットを訪れる観光客で賑わっていました。私たちの船を操縦してくれたのはグエン・ズオックさんで、20年以上にわたり、水上マーケットで観光客を運ぶ仕事を続けてきたそうです。揺れる小舟に座ってズオックさんは「今の水上マーケットは昔とはずいぶん変わったよ。昔は早朝から夕方までずっと賑わいが、果物や野菜、豆類を積んだ船で川がぎっしり埋め尽くされていんだ。でも今は陸路での取引きが便利になったので、多くの商人たちは陸に上がって商売をするようになったんだ」と話してくれました。
私たちが観察したところ、カイラン水上マーケットには主に農産物を販売する大型船が20隻ほどだけ残っていることが分かりました。水上マーケットの商人であるダン・ヴァン・ナムさんによると、ここで商売をしている船はカボチャ、ヘチマ、ココナッツなど長持ちする農産物だけを販売しているとのことでした。それ以外の小型船は、観光客向けに果物を売りながら川を行き来しています。ナムさんは、ガーナム水上マーケットのフンさんやヒンさんと同じく、長年水上での商売に慣れていて、船は家であり、カントー川こそが故郷なので、陸に上がることに抵抗があるのです。しかしナムさんは「いつかは船を捨てて陸に上がり、生計を立てるために別の仕事を探さなきゃならないだろうね。今じゃ水上マーケットの商売はさっぱりだよ!」とため息をつきながら言いました。
カイラン水上マーケットの船上でフーティウを楽しむ観光客。
撮影:レー・ミン/ベトナムフォトジャーナル
私たちは、カイラン水上マーケットで飲み物の売っているグエン・ティ・キム・チュオンさんの船に立ち寄りました。チュオンさんによると、以前は農産物を売買する船が賑わっていましたが、今では観光客を運ぶ船に取って代わられているそうです。彼女の船では、毎日数十人の観光客にコーヒー、砂糖入りのお茶、豆乳などを販売しています。決して多くはありませんが、日々の生活を支えるには十分だと話していました。
カントー市人民委員会によると、2016年から「カイラン水上マーケットの保存と開発」プロジェクトが実施されているそうです。2024年には、観光業界が引き続きカイラン水上マーケットの保存計画を提案し、カイラン水上マーケット観光の発展に焦点を当てた「2030年までのカントー市観光発展支援政策に関する決議」を策定しました。これまでカントー市は、カイラン水上マーケットの観光促進のために7回にわたり「カイラン水上マーケット文化観光フェスティバル」を開催してきました。しかし、多くの観光客は、水上マーケットの観光サービスが単調で退屈だと感じています。サイゴンから訪れた観光客、レ・ヴァン・ミンさんは「水上マーケットで朝食を食べて、コーヒーを飲んで家に帰るだけでした。果物は陸の市場よりも4~5倍も高いのでとても買えませんでした」と語っていました。
多くの文化研究者は「水上マーケットの魂は船の商人にある」と考えています。しかし、電子商取引の発展や陸路の整備が進むにつれ、水上マーケットの商人たちは徐々に姿を消しています。カントー市人民委員会の統計によると、新型コロナウイルス感染症の流行前は、カイラン水上マーケットには約500~700人の商人が船で商売をしていました。しかし現在では、約30~50人ほどしか残っていません。メコンデルタ観光協会副会長のチャン・フウ・ヒエップ博士は「水上マーケットを適切に運営し、商人の売買活動を観光と結びつけ、活動を充実させることができれば、水上マーケットの価値は維持され、さらに発展するでしょう」と提案しています。
文:トン・ティエン
撮影:グエン・タン、レー・ミン、トン・ティエン/ベトナムフォトジャーナル