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トゥボン川

トゥボン川はチュオンソンジャングルから大海まで流れ海に注がれる前にクアン大地に肥沃な砂洲土壌を沖積するだけでなく、世界遺産ミーソン聖地やホイアン古都を含め、多くの輝かしい文化の作り出しにも役に立った。
 
トゥボン川は、クアンナム省、ナムチャミ地区に属するチュオンソンジャングルの真中に位置する2500メートル以上のゴックリン山の山頂でのゴックリン貴重なシナモンと人参の芳しい香りがする森林の中を流れる多くの小川から由来する。そこからティエンフォク、ヒエップドクの地区まで、同川はチャイン(絵)という素朴な名前で名付けられる。クエソンとジュイスエン地区まで流れてブジア川と合流するところまでをトゥボンという名前の風格のある川となった。

トゥボン川はチュオンソンジャングルの真中のゴックリン山頂での多くの小川から由来する。
撮影:グエン・フォク・チン

トゥボン川は面積が10,000 km2以上で、クアンナム省の一番大きな河川域である。撮影:グエン・フォク・チン

古代からベトナム民族共同のメンバーの一つであるチャム民族はトゥボン川地方に住んでいて、そこの文化の影響を大きく受けている。そして、現在、我々が幸運にも見ることの出来る当時の輝かしい証しは、ジュイスエン地区での世界遺産ミーソン聖地という最高傑作である。
トゥボン川は川流域が10.350km2で幅広く、ベトナムの最も大きい内陸河川流域の一つである。ここは巨大な水力発電所を持っている。政府の計画によると、ブジャ、トゥボンの河川系には約8つの水力発電プロジェクトがあるという。

今日のミーソン聖地を訪問して、我々は華麗なる黄金時期に戻ったように感じた。そこに、昔の象や馬の群やきらびやかな金色のみこし、華麗な服を着ているアプサラダンサー団が塔脚で神の音楽で踊っている聖なる日のシーンが目の前に現れるように感じた。

海に急激に流れ、海に注ぐ前に、トゥボン川は途中でベトナムの最も美しい古代の港と都市を建造して、今まだ残っているホイアン古都の世界文化遺産である。今日、ホイアン古都はチャクエ野菜村、タンハ陶器村、クアダイなどと結合して、トゥボン川沿いのユニークな名所の数々を構成した。

海に流れる過程で重い砂洲を運ぶトゥボン川は、肥沃な台地を形成し、人々がそこに来て開拓して村等を作った。多分その理由で、何世代も渡って、ジュイスエン、ディエンバン、ホイアン(クアンナム)での肥沃な砂洲の堆積した土地に住んでいる人はトゥボン川を「母なる川」として崇拝しているわけであろう。

「母なる川」であるトゥボン川は漁師に豊富の魚を与えるだけでなく、17世紀から、ノンソン香木村、タムタンシルク織物村(ジュイスエン)、タンハ陶芸村(ホイアン)などといった、多くの有名な職業村の住民の人気商品を同川を下ってホイアン港の取引所まで運び、世界中の人に紹介するのにも役に立った。

トゥボン川に架かる竹の橋。撮影:グエン・フォク・チン

クアダイでの小さな正方形の釣りネット、トゥ・ボン川の特性的な文化の一つ。撮影:グエン・フォク・チン
トゥ・ボン川の両岸での住民の結婚式。 撮影:グエン・フォク・チン
トゥボン川でのボートレース祭り。撮影:グエン・フォク・チン

トゥボン川でのゴールデンアフタヌーン。撮影:グエン・フォク・チン
ホイアイ古都でのホイアン川、トゥ・ボン川の支流の一つである。撮影:トン・ティエン

毎年の3月に、ジュイスエン地区の住民はトゥボン母の祭りを開催して「母なる川」が彼らに農業と養蚕・シルクの織物のキャリアを与えることを思い出す。その日は、地元の人々は川へ行きトゥボンお母さんを村の各家へ招き、トゥ・ボンお母さんがまだ存在して両岸辺の各住民の家庭へそれぞれ行って、豊作と充分な生活を分配するというヒューマニストの概念を確認するようである。

「母なる川」であるトゥボン川はクアダイまで流れて、広大な波と水、漁村、夕方の黄金色に輝く波の中養殖いかだの壮大で広大ながら詩的風景を作り出した。海に到達する前に、「母なる川」であるトゥ・ボン川は赤泥の堆積土の上をしぶきを上げ飛び跳ね、海に溶け込む準備をする。そして、ここに「母なる川」であるトゥ・ボン川はクアン地区の畑と文化に沖積する砂洲を運ぶ運命を完了するところとなる。

海に溶け込んでも、「母なる川」はまだ両岸の住民の物語の中で永遠に残って、今日の人生の生活についての新しい物語を書き続けている。従って、トゥボンお母さんについての話は永遠に長く、同川が苦難を越えた誇りを持ちチュオンソンジャングルから巨大な海までの距離よりも長い。

 
文:トン・ティエン
撮影:グエン・フォク・チン、トン・ティエン

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