28/03/2017 16:37 GMT+7 Email Print Like 0

チョーチエン祭り

ベトナムの封建時代、タインホア省は以前チャウアイと呼ばれた。当時、チャウアイの人々のチョーチエン祭は最大で最もにぎやかな祭りであった。
大越史記全書によると、チン・クォック・バオ大将はリー・タイン・トン王(1054年‐1072年)にチェム・タインと戦うことを任された。チン・クォック・バオ大将の優れた戦略でチエム・タイン敵軍を圧倒し破った。

タム・コン・チン・クォック・バオ大将(998年‐1085年)はチン・バンとも呼ばれ、チンサ村(チエン村)の人であり、リー・タイン・トン王朝の時、北部の方、トン敵を、南部の方、チエム・タイン敵を破ったおかげで、東方黒光大王と呼ばれる。
1068年、国が平和になり、リー王朝はチン・クォック・バオの大戦をを称えそれを再現するため、祭りを行なった。1085年、チン・クォック・バオは80歳になり、引退し、チンサ村へ戻り、ここで大戦を再現する祭りを人民たちに伝えた。


チョーチエン祭りは毎年旧暦の1月11日と12日の2日間行なわれる。同祭りを指導する人はトォン・ソアン氏である。同祭りの中の遊びを担当し指導する人をカイと言う。同祭りが開催される前、各行事の指導者とトォン・ソアンは集り、贈り物を準備するため、竹と籐でできたものを集める。特に、朝の7時から9時の間、どの家もカイが要求したものを確保しなければならない。もし家になければ買わなければならない。

11日の午前、チエン村の人々は村の神への参列をする。

チョーチエン祭りの開幕の部分


祭りの中の儀礼の一つ


祭りの中の儀礼の一つを行なう人々


祭りの中の儀礼の一つ


行列の時、歌を歌ったり踊ったりする。
 
チョーチエン祭りはダイチョ、チュンチョ、トェウチョに分かれる。豊作の時の12の遊びがあるダイチョを、不作の時、チュンチョを、凶作の時、トェウチョを行なう。
闘うゾウの遊びはこの祭りの特別な部分である。4人の男性は竹で作ったゾウの足をつかみ、老人は頭を扱う。号令と共に、2体のゾウはお互いにぶつかり合い戦う。2ラウンド戦い、1ラウンドで3回試合をして、ゴールに追い込まれた方は負ける。

他には闘龍もある。その頭と尾が龍の形で体が鯉の形である。勝つ龍の方は鯉が龍の頭に入る。それは龍に変化した鯉になる。そのことは儒教の思考を表明し、チエン村の学生たちの昇進を反映する。

同祭りの中の遊びの一つ


同祭りの中の遊びの一つ


日本、オランダからの商人の船はマー川に沿ってチエン村まで特産物の購入の様子を再現する


チエン村で日本人の商人がシルクを購入している様子の再現


チエン村で米を購入するオランダ人の商人の再現


研究者はどうして日本、オランダからの商人の船がマー川に沿って
チエン村まで特産物を購入する姿が同祭りで再現されるかのはまだ理解できない。



チン・クォック・バオ軍の大戦の再現


チン・クォック・バオがチエム・タイン敵を戦うことを再現する


同祭りの中の遊びの一つ


同祭りの中の遊びの一つ

同祭りの中の遊びの一つ


同祭りの中の遊びの一つ


闘龍の遊び

闘像の遊び


闘像の遊び


同祭りの最後の部分
約10世紀が過ぎた今、黄金に塗られた華やかなリー王朝は衰退したが、チンサーのチョーチエンの祭りで再現されるチン・クォック軍の勇士の姿は、子供から孫へ今も伝えられている。
この祭りは、1年の厳しい生活の中、唯一リラックスできる時間である。
文:トン・ティエン-コン・ダット