30/12/2016 15:37 GMT+7 Email Print Like 0

クゥーディンHueにおけるホアンサー島とチュオンサー島

クゥーディンHueはベトナムの最後の封建時代グエン王朝の権威と力を表わし、19世紀に書された輿地誌に記されている。特に、クゥーディンには、川、山、島などが詳しく書かれる。これは、昔からベトナム人の国家の主権、その中の島の主権を重視したことを表わしている。
封建時代、ベトナムのような亜東の国々は宝物であるとみなされ、国王の支配の力のシンボルである。今、フエ古都で保存されるグエン王朝からのクウディンは2012年、国家の宝物であると批准された。

1835年の冬、ミン・マン王朝はクゥーディンを作ることを命令した。1837年3月1日、クゥーディンは完成された。銅で作られたクゥーディンはグエン王朝の王を祭る廟の前に配置された。


クゥーディンはグエン王朝の王を祀る廟の前に置かれた。


1835年の冬、ミンマン王朝はクゥーディンを作ることを命令じた。1837年3月1日に完成した。


テーミエウ廟の前に置かれたクウディン。


グエン王朝の最初の王であるグエン・アイン王の恩を思い出すカオディン


グエン王朝時代に作られたクゥーディン


クウディンを見学する観光客


クウディンを見ながらリラックスする観光客

クゥーディンの上に、宇宙、山、川、鳥、動物、産物、17枚の絵と1文字を彫刻した。クゥーディンの全体はグエン王朝で統一の姿についての絵である。162枚の彫刻された絵ものから作られる。そのため、クゥーディンは、研究家とって当時の歴史書である輿地誌に残された記実は、百科事典であると評価する。


特に、川、島、動物、地域はシンボルのようなもので彫刻されているが、その名前ははっきり記されている。

クゥーディンに彫刻された各名称はミンマン王が重視したため、その後の研究に役立つ。

フエのファン・トゥアン・アン研究家によると、カオディンの表面に彫られたベトナムのホアンサ島とチュオンサ島の形が鮮明にあり、ドンハイ海、ザロン王の特別な船であるオートゥエンと亀もはっきりと彫られている。他は、ニャンディンではナムハイ海と鯨や亀甲が彫刻され、チュオンディンにはタイハイ海と龍舟や亀が彫刻されている。ギディン、ズディン、トァアンディンにはトゥアンアン、ダナン海、カンゾー海などが彫刻がある。



第2代皇帝ミンマン帝の廟、王はズディンにオトゥエンを彫刻することを命令した。


フエン・ディンで彫刻された姿。

ニャン・ディンで彫刻された船の姿

ギ・ディンで彫刻されたザロン王とミンマン王で作られた船の姿


トゥエン・ディンで彫刻された船の姿


カオ・ディンで彫刻された船の姿

トゥアン・ディンで彫刻されたカン・ゾ海の姿。


フエン・ディンで彫刻された雨粒の姿。


ズディンに彫られたハイヴァン山とハイヴァンクアン


カオディンの裏側には大砲が彫られている


カオディンの裏面には太陽が彫られている。

クウディンを見ると、ベトナムのドンハイ、ナムハイ、タイハイは海の波と小さな島、大きな島の姿とその名が漢字で彫刻された。

研究家によると、ミンマン王の時代、各地方と海ははっきり分けられる。ドンハイ海はベトナムの北部からビントゥアン省までであり、ホアンサ島、チュオンサ島も含まれる。ナムハイ海はビントゥアン省からハーティエン省までであり、ダイキム島、マインハオ島、ノイチュック島、コンダオ島、フークォック島、トーチャウ島などである。

ユネスコに認定されたベトナムで初めての世界資料遺産である阮朝硃本と共に、クゥーディンのホアンサ島とチュオンサ島に関するに彫刻は、べトナムの主権を表わす資料となる。


文、撮影:チャン・タイン・ザン