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 前世紀初頭のフエのアオザイの 風格が漂い、特に宮廷 アオザイの姿をはっきり見 せる「昔の跡」と題された アオザイ・コレクション
 フエのアオザイの絶妙さ
 簡素だがいつも女性の優しい美しさを表現できるフエの アオザイ
 アオザイは主婦たちと一緒に市場まで
 フエらしい空間において、 ずっと価値が出るアオザイ
| フエの人は物売りをしている人から裕福な人まで、誰もが厳粛さを見せていると言われている。粒々辛苦のせいで色を失っているアオザイでも、高級な布で作られたものでも、アオザイを着るとフエの女性はいつも信じられないほど優雅で上品になる。
フエ文化研究者であるファン・ツアン・アン氏によると、フエのアオザイは歴史の変遷と密着に関係しているという。明命時代(1820年)には、グエン・チン紛争時代(1623年~1777年)後、各地方の服装が統一されていないという問題を解決する為に、皇帝は全国の衣服を統一するという命令を出したという。皇帝の内縁の妻から手伝いさんまで宮殿を出たら全員アオザイを着なければならないし、国民は誰もがズボンを履き、スカートは禁じられたという。大人にとっては出かける時にアオザイを着るのは義務となっていた。20世紀の初めごろ、特にドン・カイン女子中学校が誕生した時(1917年)、同校はアオザイを女子学生の登校時の制服として定めた。今日、ハイ・バ・チュン小中学校(昔のドン・カイン学校)は他の学校と同じように女子学生が白のアオザイとズボンを制服として着て通学している。
数十年の時間とともに、デザイン、使用素材が大きく変わっているが、フエの女性は絶対にアオザイを着る習慣を変えない。古都の女性がアオザイを着る時、どんな色か、またどんな目的で使用するのかについての考え方も昔のままだ。アオザイは思慮深くて儀礼正しいフエの女性独特の性格に相応しいから、女子学生以外にも、主婦たちは祭日やお寺へ行く時等に、よくアオザイを着ている。今はOLの人たちもアオザイを着て通勤するようになっている。市場等で商売をしている女性も時々、特にお正月とか祭日等にアオザイを着る。アオザイの色を選ぶ時、フエの女性はもともと静寂で厳粛な古都の景色に合う色を選ぶという。だから、ここには「空を見て色を選ぶ」という言葉があるそうだ。お正月のアオザイはとても明るい色で、命日・葬式等には茶色か(フエの呼び方ではダ色)紫、グレー(フエでは紺色という)、ミルクコーヒー色、そして隠れ模様のアオザイを着るのが一般的である。雨の日に着るアオザイは濃い色、晴れの日は明るい色のアオザイが使われるという。特に、フエの女性は紫のアオザイを着るのが大好きだ。それは南部のホテイアオイの紫とか北部のライラク色ではない。古都の人にとって、フエの紫は黒すぎず、赤すぎない、白い紙のノートに書く学生のインクの色のようだという。だからこそ、「フエの紫色」という色の別名まで出てきた。
フエのアオザイはそのようにきれいで詩的だから、現代の色々なファッションデザイナーが研究し、その魅力的な美しさを開発するのがテーマとなっている。成功した人もいれば、失敗した人もいる。フエのアオザイはそんなに簡単に更新・修正できるものではないと言ってもいいだろう。フエのアオザイの設計を長年続けている有名なデザイナーのミン・ハイン氏は「フエのアオザイを設計するにはフエらしさを守らないとフエのアオザイにはならないんですね。」と述べた。2008年フエ・フェスティバルでは、ミン・ハイン氏と若いデザイナーたちは、古典的な模様を使って、昔のアオザイの姿を設計した「昔の跡」と題するアオザイ・コレクションを出品した。この「昔の跡」というアオザイ・コレクションはフエの女性の端正さ、高雅さ、上品さ及び貴族的な姿を描き出したと言える。そして、フエのアオザイの美しさが時間と共に永遠に存在できることに大きく貢献したとも言えよう。
 アオザイを登校制服として着ている現在のフエの女子学生
文:タイン・ホア
写真:ディン・コン・ホアン |