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先ごろ古代ベトナム人の装身具の展覧会が開催され、石のイヤリング、簪、足輪、銅製の鏡、ガラスの首飾り等、非常に精巧かつ数千年もの歳月を経た貴重な装身具を鑑賞することができた。これらはドンソン文化、オクエオ文化、サフイン文化、フングエン文化等の時代からの希少な現物である。
 前世紀にベトナムの婦人が身につけていた装身具
 グエン朝時代にフエのフースアン地方の人々に、金・銀の装身具づくりを伝えた カオ・ディン・ド(Cao Dinh
Do)およびカオ・ ディン・フン(Cao Dinh
Hung)に対する崇拝式典
支配者階級の装身具
「北部におけるキャンペーン」(”Une campagne du
Tonkin”, 1892年)という書籍において、その本の著者は古代ベトナム人の装身具の利用について非常に興味深い評価を記している。昔の女性、特に支配者階級の人々は、よくイヤリングや指輪をはめたり、金か銀、玉や金属で作られた大きい粒のネックレスを首にはめたりしたということである。
このようなエピソードは、昔のベトナムの装身具、特に高級装身具についての姿を描いてくれるだろう。これらの問題を明らかにするため、我々はベトナム封建時代の最後の地方だと言われる古都フエを訪れた。ここには宮廷における装身具についての興味深い逸話がいくつか残されている。特に、この地は昔のベトナムの有名な宮廷装身具を制作していた場所の一つで、フエ金細工の人々が誕生した場所であるという。
地元の長老の話によると、グエン朝(19世紀末~20世紀初頭)の貴族・官吏階級の人々は、指輪、ブレスレット、ネックレス等、金・銀・マーブルで作られた装身具を身につけることを大変好んだという。そして、豆粒くらいの大きさの玉や金を付けたネックレスを首にはめていた。20世紀の半ばまで、グエン朝の最後の王妃であるナム・フオン(南方)皇后は、大衆の前に出るたびにそのようなネックレスをはめていた。今はもう見ることはなくなったのは、官吏の夫人や昔のフエ皇族の婦人が盛大な式典等によく身につけていたボイ玉(装身具)である。いずれにせよ、昔のフエ宮廷の装身具についての情報は、わずか数ページや少々の議論では語りつくせないことは確かであろう。
制作技術面に関して、宮廷装身具づくりに関する様々な秘伝の技を有するフエ金細工の棟梁グエン・ヒュー・ニョン(Nguyen Huu
Nhon)氏によると、王様向けの装身具はすべてフエ金細工により作られたので、その精巧な技術だけでなく、その持ち主にふさわしい清さと優雅さを表現できたのだという。だからこそ、フエ金細工の人々は、何回もグエン朝により表彰されたのだ。
フエの装身具における特徴は、「無地」、「彫り」、「付け」
という3つの技術に集約するという。「無地」というのは、どの金細工師でも可能な基本的な造形技術であり、「彫り」は、尖った工具を使って彫ったり描いたりすることである。そして、最後の最も特別な技術である「付け」とは、金・銀を数十メートルもの細長い布のような糸にし、製品に付けて精度の高い絵画イメージを描き出すことである。これらの技術はすべて手作りで、金・銀の溶解作業でも小さい金属パイプを使って口で灯火の火を噴くことによって進められるという。しかし、これは現在のフエの人々の装身具づくりにおいて、あまり見られないものだ。
現在まで残っている最後の宮廷装身具は、時間の経過に伴い徐々に忘却の彼方へ向かうかもしれないが、ベトナム人の装身具づくりは決して無くなることはないはずだ。その理由は、今日でも特に宝石の装身具の制作は発展・拡大しているからである。
アザミ(Azami) - ベトナム宝石の誇り
宝石は自然界が人間に贈る貴重なギフトであるとも言えよう。ベトナムでは宝石の開拓および宝石からの装身具づくりは遠い昔から存在しており、大きな成果を収めてきた。
現在、そのブランドを確立し、市場を賑わせている数十のブランドの内、「アザミ」は特に多くの人々に知られている。日本の高級ジュエリーのデザイン業界で18年間もの間活躍し、ベトナムのアザミ宝石というブランドを作り出したグエン・トゥー・クック(Nguyen Thu
Cuc)社長は
、「ベトナムは宝石に関して潜在力が豊かな国です。特に経済面でも審美面でも世界中に価値を認められるルビーですね。これは、ベトナム宝石装身具業界が今後も発展していく上で、非常に良い条件であると思います」と語る。だからこそ、クック氏さんは、世界有数の宝石装身具市場の一つである日本からこの分野に投資する機会を求めて、ベトナムに帰ることにしたのだという。
最新技術と国内の技術者の器用な技能をもって、クック社長は一歩ずつ特徴あるアザミ宝石のブランドネームを構築してきた。百聞は一見に如かず、ハノイのダンタイタン通り1号のショールームで展示されているアザミのコレクションを実際に見ると、この種のジュエリーの優雅で神秘的な美しさを理解できるだろう。伝統的な要素が現代美術のスタイルで彫られた輪郭とバランスよく調和することこそ、アザミの製品の際立つ個性を作り出してきたのだ。これは石のネックレスや腕輪、指輪、ブレスレッド等の数百もの上品な模様が描かれた製品セットにも明確に表現されている。例えば、龍形をした玉面の製品は、龍の躯体にそって200以上もの模様から制作されている。その他、「石の囁き」、「周囲の物体」、「日常生活のリズム」等、テーマ別に制作されたコレクションもあるという。
グエン・トゥー・クック社長は、アザミの宝石の生存を決定する第一要素は石の繊維に現れる素直さであると語っている。それは、アザミのあらゆる宝石が年代、出所、硬度、光沢等、その固有の指標およびパラメーターにおいて絶対的に正確であることを示すものだ。つまり、アザミの宝石には偽りということは決してないということである。
その品質保証で顧客からの大きな信頼を受けているだけでなく、アザミの宝石は意匠デザイン面でも人気を集めている。アザミはつねに唯一の存在、つまり同じ製品でも同じ意匠デザインをするものはないという特徴を持っている。アザミの製品は他の物と絶対にかち合わないため、これこそがユーザーを魅了する大きな理由だと言えよう。自らの個性を表現するために、人々はアザミのショールームを訪れ、自分のニーズと趣向に応じてデザインを依頼するのである。
ベトナムの市場を10年近く賑わせ、自らの個性を明確に表現し、アザミはベトナム高級装身具の業界で独自の特徴を確立してきた。ハノイにある世界の先進技術による3つの工房と宝石制作の200の製品サンプルを擁して、近い将来、アザミというブランドは世界の高級ファッションジュエリー市場において、ベトナムの宝石の名声を高めることが期待されている。
ヴァンドン真珠-海からの貴重なギフト
ベトナムの装身具業界に関する謎を探求するプロセスで、我々はベトナムが真珠の開拓および貝の養殖においても、豊かな潜在力を有する国でもあることが分かった。
ベトナムにおける貝の養殖と言うと、ベトナムと日本の大手真珠養殖合併企業であるベトナム太平洋真珠社のスピカ(Spica)という有名なブランドが生まれたクアンニン省ヴァンドン島に言及する必要があるだろう。ヴァンドンへ訪れると、観光客は有名な海岸の景観の美しさだけでなく、無数の石の島に囲まれ安らかな海の中に位置するベトナム太平洋真珠社の印象的な「田畑」=養殖場を観賞することができる。
スピカ真珠は日本とベトナムの2つの種類の貝から養殖され、ヴァンドンのバイトゥーロン海域に養殖されており、構造成分に90%以上の炭酸塩カルシウムを占める特別な真珠を生み出している。スピカ真珠はその高い純潔さ、クリスタルの黄、ピンク、水銀の灰色等、魅力的で優雅な色彩を有し、東南アジア地域および世界各国の真珠に劣らない評価を受けている。 2005年にスピカ真珠は、香港、中国、タイおよび欧州諸国へ輸出され、同年、ヴァンドンスピカ真珠は全国若手企業協会中央委員会により「ベトナム金星」(国際経済統合期におけるベトナムの代表的なブランドおよび製品に対する大賞)賞を授賞された。そして、国際見本市に参加するためのブランド・製品開発に関して優秀な成績を収めたことで、国際経済協力に関する国家委員会の賞状も授与された。スピカ真珠は、ベトナムの名を世界の真珠生産地図に書き加えて、国際経済統合期におけるベトナム装身具業界のために大きな貢献を果たしていると言えるだろう。
ベトナムの装身具についての話は経済および審美的価値に留まらず、さらに深い意味で、個々の製品から数千年もの間に蓄積されたベトナム人の文化的価値が見出されることに着眼すべきである。それは、ベトナム装身具に関する興味深い謎でもあるのだ。
 バイトゥーロン海域(クアンニン省ヴァンドン県)にあるベトナム太平洋真珠社の貝を培養する地区
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“スピカ真珠は「明るさ」(真珠の眩しさ)、「痕跡度」(珠の表面にある形跡)、「包みのレベル」(真珠貝の厚さ)、「寸法」、「適応性」(1つの製品上の珠の均質さ)といったJapan
Pearl Exporers
という日本真珠輸出協会が規定する6つの厳しい基準を満たし、10種類の製品の色彩を有している。”
(真珠養殖業界において10年もの経験を持つベトナム太平洋真珠社のレー・ナム・チュン副社長) |
文:タイン・ホア(Thanh Hoa)、チー・コン(Tri
Cong)、ビック・ヴァン(Bich Van) 写真:チョン・チン(Trong
Chinh)、コン・ホアン(Cong Hoan)、ゴー・ズー(Ngo Du)、チャー・ミー (Tra
My) |