トリック川のそばにあるハノイのカウ・ザイ区チュン・ホアのホアムックの古い村は数百年間からの文化、信教の生活につながる多くの遺跡があり、ベトナムの民族が侵略者に抵抗したイベントが行われたところである。同村は貴重な歴史的な遺跡となり、村の人々と現在のハノイの人々の心に永遠に残る。
1923年8月24日、啟定帝(1916年~1925年)は「1つの民族の才能は美術作品を通じて表現され、社会の生活、礼儀、政治、生活を反映する。」という目的で、啟定博物館、現在のフエ(Hue)宮廷美術博物館を設立する皇帝の命令を公布した。設立された時からフエ宮廷美術博物館の使命は、フエ宮廷の美しさを産み出す職人世代を再生することであった。
キムラン古いテラコッタ村は昔のタンロンの城のテラコッタの道具の製品のふるさとである。キムランにおいての土は芸術者の手で毎日の生活の人々の生活に対して有効的な道具となる。
ベトナムの伝統的な歌劇トゥオンに登場する人物の顔メイクはその性格を表すための技術の一つである。その為、その役者の顔メイクと衣服を見ると、その登場人物の性格を理解できる。
クアン・ガイ(Quang Ngai)省リー・ソン(Ly Son)島は面積約10平方キロメートルで、人口はロン(Lon)島のアン・ハイ(An Hai)町、アン・ヴィン(An Vinh)町、ベー(Be)島のアン・ビン(An Binh)町を含んで2万人である。人口はロン島の西側に集中する。リー・ソン島の人民たちの主な経済収入は550ヘクタールのタマネギ、ニンニクの生産と500隻の船による沖合漁業から得られる。リー・ソン(Ly Son)島はホアン・サー(Hoang Sa)地域、チュオン・サー(Truong Sa)地域において、国を守るために戦った現地民兵に生贄を捧げる風習がある。
北部山岳地帯ライ・チャウ( Lai Chau)省フォン・トー( Phong Tho)県のモー・シ・サン(Mo Si San)村の長老の話によると、少数民族赤ザオ族の習慣では、結婚の時、花嫁側は結納品として白い銀70個、豚2頭、酒20瓶の他、花嫁側と花婿側の結婚式費用の負担を求めるそうだ。この習慣は貧しい男性の結婚を妨げていた。そのため、いつ生まれたのか誰も知らないが「お嫁さんを引く」という習慣があり、貧しい男性でも好きな女性と結婚できる。
春が来て、石の山に桜が咲くと、ベトナムのソン・ラ省モック・チャウ県、ロン・ルオン村の人々は伝統的なテト(旧暦12月28日から翌年の1月2日)の準備を始める。
グエン朝の刻本「版本に刻んで印刷した書物」は19世紀末と20世紀初頭のベトナムにおいて漢字・ノム字を木の上に刻み印刷した文書である。この文書の内容はとても多様で、歴史、地理、社会政治、軍事、法制、文化・教育、哲学思想・宗教、文詩、文字言語、国際関係など様々な分野にわたるグエン朝「1802-1945」時代のベトナム社会を完全に映し出している。